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短篇

リリィは残された家族を思い、涙ぐんだ。
お別れも言えなかった。
すんっと鼻をすすって、また膝に顔を埋める。
死んでしまったのなら、いつまでもその悲しみに心を残しているわけにもいかない。
死者は行くべきところに行くべきで、天国か地獄かもわからないこんな場所に居るべきではない。
それともここは、地獄なのだろうか。
少なくとも天国ではなさそうだ。

明るくなったことで少し安心して、床に寝転がれるようになった。
そうして寝起きしていると、その内にリリィは起き上がれなくなっていた。
空腹を感じないので飢えて衰弱しているのとは違うだろうが、体に力が入らないのだ。

あの声と手を恐れ、拒んだから?
ここにとどまっているから……?

リリィは涙ぐみ、心の中で家族にお別れを言った。
目を伏せると涙が溢れて、ドレスへとこぼれ落ちた。
顔を上げて涙を拭う。と、一瞬の内にまた景色が変わっていた。
覚悟を決めたからだろうか。
天国か、地獄か。
迷う余地は無い。
ここは地獄だ、と。リリィは思った。

星の無い夜空のような、真っ暗闇にリリィは座っていた。
最初とひとつ違うのは、リリィは黒い鳥籠に捕らわれているという点だった。
鳥籠としては大きいが、人が入るには少し小さい。
リリィが横になるのは可能だが、足を折って少し小さくならないとはみ出そうだ。
立ち上がると頭がぶつかってしまうので、膝立ちになるしかない。
そこでふと、起き上がれるほど体が楽になっていることに気付いた。
やはり来るべきところへ来たのが大きいのだろうか。

鉄格子の様な籠を掴み、周りを眺める。
リリィは目に入った光景を理解すると、ひゅっと息を呑んだ。
暗闇に座っていた時と同じように、当たり前にこの籠も床に置かれていると思ったのだ。
しかし床は籠よりもずいぶん下にある。
大きな四角いタイルが敷き詰められた、円形の巨大な舞台だ。
しかしそれさえ宙に浮いている。
籠も舞台も何で支えられてそこにあるのかわからないが、もうそろそろあれこれ不思議に思うのは諦めることにした。
きっとリリィが生きていた世界とは違うルールがそこにあるのだ。

浮いた舞台の下にはもうひとつ同じ形の舞台があって、二重になっているのがわかる。
そしてその端から螺旋状に階段がのびている。
その先は闇にのまれていて、何処へ繋がっているのかわからない。

リリィは籠の中に座り込み、あの声のことを考えていた。
親しげに呼んだ声。
死んでしまったのなら、あれは死神の声なのだろうか。

不意に気配を感じて見下ろすと、階段を黒いローブとマントの男性がのぼってくるのが見えた。
そこからどうやってこちらへ来るのだろうかと見ていると、その視線がリリィとぶつかった。
どきりとして顔を伏せ、恐る恐る窺うと、彼は涼しい顔をして籠のすぐ外に立っていた。
立てる場所なんて無いはずなのに、ごく自然に。
リリィは目を丸くして彼を見上げた。

髪は結っておらず、闇色のそれが真っ直ぐローブの上へ垂れている。
そして同色の目が冷たくリリィを見下ろしていた。
キリッとした目に、シャープなあごのライン。
冷たく硬質な空気を纏う彼は、つくりものの様な美しさをしていた。

「大丈夫なようだな」

この声。
聞いて、リリィは悟った。
その低い声の持ち主の姿が彼だというのはぴったりだと思った。

「リリィ」

やはり。
彼だ。

呆然と見入っていると、滑るようにすっと後退した。
行ってしまう!と焦って、思わず待って!と声をあげた。
現状を把握するために何か聞かねばとわかっているのに、何からどう聞いていいか。
戸惑ってうまく言葉が出てこない。
その間にも、彼はそこで動かずに待ってくれていた。

混乱する中で、浮かび上がったのはひとつ。

「私……、死んだの?」

口に出すと声が震えた。
視界が揺らいで、泣きそうになる。
彼はすっとそばへ寄って、長い指で頬に触れた。

「お前を連れてきたのは私だ。お前はここに住む。私のもとで」

溢れる涙を、指がすくった。

「私のそばに。目の届くところに置く。リリィ。私だけのものだ」

放つ空気も振る舞いも、話し方も尊大だから、高貴な方なのかもしれない。
人ではないような美しい彼には、それがとても似合っていた。
だから無礼とも思わなかったし、不快にもならなかった。
そこから感じられたのは、彼がリリィを必要としてくれているということ。
尊大で冷たそうなのとは裏腹に、涙を拭う指先がとても優しいということ。

「あ……」

指を放すと、彼はすっと闇の中に消えてしまった。

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あきゅろす。
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