短篇
2
もう子供ではないのだからとたしなめられても、末の姫君はまだよく誰にも告げずに消えてしまうことがあった。
しかし姫のお気に入りの場所を捜すと大概そこで見つかるのだった。
そうでない時であっても、誰かに聞けば必ず見つかるものだ。
けれどこの日は誰に聞いても、誰も姫の行方を知る者はなかった。
年頃の少女に成長した姫に手を出す輩が出たのではないか。
もしくはそれを企んだ者の手引きをした者が居るのでは?と考え城中の者を問い質しても、あずまやからぷっつりと手掛かりが消えている。
真夜中を過ぎても行方が知れず、リリアンが使役している竜が呼び出された。
各家には、一族を守護する精霊や妖精が居る。
聖職者であろうとそれらを目にできる者は少ない。
しかしリリアンにはそれらを目にできるばかりか、コミュニケーションをとれる能力があった。
いつまでも子供のように素直で純粋な姫は変わり者扱いをされたが、その能力と関係があるからだと認識されていた。
能力の無い人々には、魔方陣の中でぼんやりと影や霞のようなものが見えるのがやっとだ。
意思の疎通ができるのかは、やってみないとわからない。
リリアンは友達になりたかっただけらしいが、竜の方からお姫様に仕えたいと申し出たそうだ。
そんな竜だから、リリアンのために現れてくれる期待があった。
竜は揺らめく影として現れた。
両腕に抱えられるほどの大きさで、背中で一対の翼が動いているのがわかる。
事情を説明すると、竜は中空でくるりと回った。
そしてリリアンを捜してほしいと願うと、くるくるっと回って姿を消した。
光の無い世界に、リリィは居た。
膝を抱えて座っているから床はあるのだろうが、それがわかる程度で、他には何もわからない真っ暗闇だった。
世界がそこにあるかさえわからない。
夜空の星がすべて消えてしまって、そこにぽんと放り出されたような。
世界が消えたのか。それとも自分が世界から消えたのか。
心細くて、膝を抱える腕に力をこめた。
「リリィ」
はっと息を呑む。
あの声だ。
目眩がしてきゅっと目を閉じて、再び開けるまでの僅かな間にこうなっていた。
その時にした声にリリィは怯え、震え出した。
小さな妖精や、精霊を見ることができても、リリィは死者の霊やお化けが見えたことがない。
会ったことがないだけかもしれないが、それらに対しての恐怖は何も見えない人と変わらないのだ。
暗闇に目が慣れると、自分の姿くらいはわかるようになった。
だからリリィはうつむいて自分の膝ばかりを見ていた。
と、そこに。
右肘からもう一本腕がはえたのかと思えるような位置からにゅっと腕がのびた。
息もできないほど驚き凍り付いたが、手を握ろうとするそれを避けたのは反射だった。
こんな恐ろしい暗闇に居るのは嫌だ。
けれどもその腕に連れていかれるのも恐ろしかった。
そんなリリィの気持ちを察したのか、一度避けるとその腕はふっと消えてしまった。
膝に顔を埋めている内に、リリィはいつの間にか眠ってしまった。
びくりと肩を跳ねさせて起きたのは、人の気配を感じたからだ。
どのくらい眠っていたのかわからないが、姿勢を崩さず膝を抱えたまま眠っていたようだ。
リリィが見たのは、灰色の部屋だった。
また別の場所に連れてこられたのか。たださっきまで居た場所に明かりがついただけなのか判断がつかない。
呆然としてしまって、その人に気付くのが遅れた。
足まで隠れる長いローブを着た男性が、燭台を床に置いている。
その横顔には深いシワが刻まれ、声の主とは違うようだった。
何者かわからないのは不気味だが、落ち着いた老紳士という雰囲気がそこまで恐怖心を煽らなかった。
燭台ひとつだけの灯りにしては部屋全体が照らし出されているのが不思議だ。
改めて見回してみると、そんなに大きくない部屋だ。
窓もドアも無いので、灰色の箱に閉じ込められているような感覚だ。
きょろきょろしている間に、老紳士は消えていた。
ドアが無いのにどうやって出入りしたのだろう。
空気が入る隙間さえ無いのにどうして呼吸ができているのかも疑問だったが、そこでリリィはやはり。と、考えた。
自分は死んでしまったのかもしれない、と。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!