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短篇

スポーツに力を入れているこの高校には、他県からも生徒が多く集まる。
そんな生徒達の為に学生寮がある。
雛屋秀子(ひなやしゅうこ)も高校から徒歩数分の女子学生寮で生活している。

「秀くん、今日も泳いでくんでしょ?」

頭ひとつ分以上も下から、可愛らしく首をかしげた友人が微笑む。

「あんまり無理しないでね?男子達をやっつけちゃうのはカッコイイけど、そうほいほい挑戦を受けてちゃいくら秀くんでも体がもたないよ?」
「だーいじょぶだって。水泳部の男子が束でかかっても今まで一回も秀に勝てたことないじゃん」
「そうそ。勝てっこないのにねぇ。だいたい女一人に男が大勢でムキになって『倒してやる!』って戦いを挑んでるなんて。ガキか!って」
「そんなんだから女子の人気を秀に取られんのよ。秀はそこらの男子よりよっぽどカッコイイもん、ねー?」

声を揃えて賛同した後、女の子達はきゃあきゃあと同性である友人を賛美しだした。

百七十を越える背に、水泳でついたしなやかな筋肉。
それは友人達のような女の子らしい可愛さとは程遠い。
けれども張りのある黒髪は腰に届きそうなほど長いし、顔立ちは美人と言える。
なのにそれが女性らしいと評価されないのは、彼女の性格が快活で度胸のすわった頼もしい人物であるからだった。
眼差しは凛として力強く、表情ひとつとっても女性的にはうつらない。
声色も、言葉遣いも。動作や仕草、その振舞いすべてが彼女の気質を表していた。
とはいえ。彼女は男ではないので、同じ年頃の男達には無い清々しい優美さがあった。
それは女の子達が夢見る王子様的な理想像に近かったようで、すぐに女の子達の人気を得た。
秀子ではなく秀と呼ばれ、時には“くん”付けされることもある。
そんな秀だから、友人達と恋愛の話をすることはほとんどない。
女性らしい話題、色気付いた話題と秀は、親しい友人の中でも結びつかなかった。
秀自身もずっと水泳のことばかりで、誰かに好意を抱くことなど考えられなかった。
色恋と自分は無縁であると認識していた。

「よっし!食ったー!」

部活の前のエネルギー補給に塩むすびを軽く二個たいらげると、秀は両手を広げて言った。

「ほんじゃあ、泳ぎに行ってくる!」

同じスカートの制服を着ているのに、友人達には秀がどうしても同じ女の子とは見えていない。

「いってらっしゃーい」
「がんばってねぇ」

秀は多くの女の子達にとって男でも女でもない、夢の王子様という慰めだった。
秀に理想を見出だし夢を見ていれば、一人の女にとられる心配をしなくて済む。
ライバルと競いあって心をすり減らさなくて済むし、友人として近くにも居られる。
そういった意味で、秀は沢山の女の子達を幸せにしていた。

一方、男子にしてみても、彼女を女だと思う者は少ない。
女の姿形をしているし、中身も女であるとわかっているのだが、女性的な色気がないのですっかりそれを失念しているのだ。
プールで水着姿まで見ても、ちっとも女の子扱いする気はない。
女でありながら、男の様に対等に接することができる存在だった。

秀は男と競っても負けなかったので、その点も対等に扱われる要因だった。
気が強いから“男には負けねぇぞ”と挑戦を受けてたち、負かした男達に“勝ってみろ”と言って煽りけしかける。
今では水泳部の男子総勢何十名という人間が秀一人を打倒!と掲げて闘志を燃やしている。
それでも秀は嫌われているわけではなかったし、憎まれたり恨まれたりすることもなかった。
男が本気でかかっても勝てないという実力は確かで、皆心の中では彼女を認め尊敬していた。
実力を鼻にかけて気取ったりしない。
快活で飾らない性格も気持ちがいいもので、親しみと共にスター選手のオーラやカリスマ性のようなものさえ彼女に見出していた。

秀が女子にきゃあきゃあ言われていても、女であって女でない、けれど男でもない相手を妬む者はない。
羨ましいなぁと冗談半分で言ってみたり、女にモテモテだなと秀をからかって遊ぶことはあれど、だ。
男から見ても、秀と色恋は結びつくものではない。
女の子との橋渡しをする存在として意見を求められたり、相談されることはあっても、秀を女の子として見る者はない。
お前はどんなのがタイプかと聞かれて、そうか。お前男じゃないんだったな。と言われるくらいだから、秀が意識されることはないのだ。

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あきゅろす。
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