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短篇
19
ムーティ隊長は息子の様に思ってきた部下を見やり、重く長い溜息をもらした。
そこまで呆れられるとは思わないアルトリオは、この予想外の反応への対処に困っていた。

「前々からお前が生真面目でつまらんヤツだと思っていたが、真面目も過ぎるといっそ笑えるな」

言葉ではそう言っても、隊長に笑う気配など微塵も無い。

「“真面目”なお前のことだから?なーんの報告も無しに手を出して得た幸福に浮かれて溺れてるとは思わなかったが……」

真面目を強調したそれは明らかな当てこすりだった。
誤解が生じたまま勘違いして事実を知らずにいたことが余程悔しいらしい。

「しかしな……。まさか懸想の懺悔も交際の報告もすっ飛ばしていきなり結婚とは……」

エーファ姫とアルトリオがうまくいけばいいと祈るように見守っていたのは彼一人ではない。
王と、王妃。
神官達にエーファ姫付きの侍女と騎士達。
そしてフィーネ姫もその一人だ。
姫の周りの侍女と騎士まで。

皆、ようやく芽吹いたほのかな恋の成り行きをあたたかく見守っていた。
長い目で。もしこのまま何も起こらず、何も変わらないままでも。
周囲には暗黙の内に既に二人は“そう”だった。
が、突然爆発的な狂い咲きを突きつけられたようでムーティ隊長は呆気にとられているのだ。
懸想に怒っているわけでも、交際に反対しているわけでもない。
前置きも無く現れた結婚という決意表明は、なるほど、生真面目で責任感の強いアルトリオらしい判断であった。
ムーティ隊長は、ふっと呆れて笑いをこぼした。

「陛下へのご報告には、私も付き合ってやる」

さて、何ておっしゃるかな?とおどかされて、アルトリオは冷や汗をかいた。

隊長は呆れたが、王はアルトリオの覚悟と意思を喜びたたえた。
アルトリオが姫をそれほど大事に考え、真剣に想っているのだと伝わった結果だ。


大切な話があると言われたのはエーファ姫には急な話で、不安な気持ちでアルトリオの前に立っていた。
それで最初にアルトリオから謝らねばならないことがあると言われれば、不安が増大して泣き出したくなる。
エーファ姫は、身をかたくしてアルトリオの声に耳を傾けた。

「私は、陛下からうかがうまで、姫様が何故あれほどおつらい思いをされたのか、本当の意味を知りませんでした」

王がそれを彼に明かしたと知り、エーファは熱くなった頬を両手で押さえた。

「挙げ句私は、いやしくも姫様に懸想する不敬をはたらき、罪の意識に耐えきれず姫様の騎士を辞すると申し出ました」

始めて言葉になったそれを、姫は驚きと共に聞いた。

「同じことを、思っていたの……?」

同じ想いを抱き、同じくそれを苦悩して、結果それが通じ合った。
以来、感じていた彼の想いが、今こうしてはっきりと言葉になり、姫はそれが確かなものであってよかったと安堵した。

「姫様。エーファ姫」

アルトリオは、エーファ姫の手をとってそっと包んだ。

「私はあなたを愛しています。これを伝えられると知った時、私は神に感謝しました」

アルトリオが懺悔しに行ったのは、姫に引き止められて互いの気持ちに気付いた時だ。
そこで神官より秘密を明かされた。
記録にも残らない。
認められるとしてもごく少数の人間にのみ。
それでも想いは結実し、祝福を受けられる。

「姫様の好きな、花の咲く季節が来たら想いを告げようと思っていました。そしてその決意は私にとって、つまりこういうことでした」

アルトリオは両手で包んだ小箱を差し出した。

「すぐでなくとも構いません。いずれ……いいえ、遠い未来でもいいのです。私にとってあなたは永遠。その誓いの証としてこれを受け取ってくだされば」

エーファ姫はきらきらと涙を浮かべ、小箱の中で輝く指輪を見つめた。

「『私にとってあなたは永遠』」

その言葉を噛み締めるように、エーファ姫は呟いた。

「断る理由が、何処にあるでしょう。私にとっても、あなたは永遠なのに…っ」

きらめく瞳で騎士を見つめ、エーファ姫はその名を呼んだ。
アルトリオはその手にそっと指輪を飾ると、その華奢な体を優しく包み込んだ。


二人の結婚が歴史に刻まれることはなかったが、エーファ姫が巫女の代は花の時代と呼ばれ、平和と豊かさを築いたとしてその名を残した。
そして同時代、その姫をいつも傍らで守り支えた騎士の姿は、後の世でも理想の騎士の一人として語られた。

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