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短篇
17
庭に一人座ったエーファ姫は、もう随分長いことそうして空を眺めている。
冬を越え、ようやく暖かくなってきたとはいえ、日が陰ると肌寒い。
寒いと言い出さない姫のために侍女がショールを用意しているが、それを渡したのは姫にではなくその騎士だった。

「冷えますよ」

ふわりと肩にショールをかけると、騎士と姫の視線が合った。
やわらかに咲いた可憐な微笑みにつられて、騎士の顔もついゆるむ。

「もうすぐ花の咲く季節になりますね」

姫は、嬉しそうにこくりと頷いた。

「そうなったら、またあの蝶を見に行きましょう」

エーファ姫は目を丸くして、アルトリオと目が合うとひとつふたつと瞬きをした。
エーファにはあの思い出がとても素晴らしいものとして心に残っているので、アルトリオが言ってくれたことに驚きと嬉しさを覚えた。
姫は顔をほころばせて、またひとつ頷いた。

二人の間で、愛を告げる言葉を交わしたことは無い。
明確に言葉で好意があるとも、交際の申し込みも確認も口にはしない。
ただ、手を握り合ったあの時に互いの気持ちに気付いたのは確かで、心が通じ合ったのだとわかった。

その日アルトリオはムーティ隊長に、早とちりでしたと頭を下げたのだ。
自覚したその気持ちを抱いたままでは今の立場にあるのは相応しくないとして辞する決意をしたのに、その姫に引き止められた。
姫がアルトリオを必要としてくれていると知って、とどまる事を決めたのだった。
しかしアルトリオは他に何も説明はしなかったので、ムーティ隊長の方は呆れるやら安堵するやら忙しかった。
とどまってくれたのは嬉しいが、何がどうなってそうなったのか、姫の想いが早とちりだったということになってしまったのは残念であり呆れる事態であった。
正しく事実を察したと信じるムーティ隊長がそれ以上問い質さなかったので、誤解が生じたまま今に至る。
しかし、二人を取り巻く者は確実に変化していた。
例えアルトリオが早とちりだったとそれを否定しても、それがどういう名前をつけられるにしろ、周囲の目には確実に以前より二人が親密に映っていたから。
それがどういう感情から来るものであれ、姫が引き止めた事をアルトリオは嬉しく思っただろう。
それが二人の距離を縮めることになったのかもしれない。
そうスパイである騎士が推測したように、周囲もそのように答えを見つけた。
本人達でさえ、自分達が交際しているのかわからない。
気持ちが通じ合った自覚はある。
そしてこうして過ごせている。
それで二人は幸せだった。

「アルトリオ」

アルトリオは目を丸くし、言葉を失った。
今、初めてエーファ姫に名前を呼ばれたのだ。
呆然としながらものばされた手をとったのは反射だった。
立ち上がった姫の手が離れる。

「蝶、楽しみね」

照れながら、嬉しそうに笑った姫が歩き始める。
アルトリオはその背中を追った。
そんな二人を、周囲の人間は微笑みを浮かべてあたたかく見守っていた。

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