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短篇
14
エーファ姫と騎士アルトリオの間にはいつも一枚の扉が存在する。
たまにそれが開いた時でも、二人が目を合わせることはまずない。
そうやって三年間過ごしてきた。
それがルール上可能と言われたからって、突然転がり出すなんてそんなうまい話があるだろうか。
もとより叶わぬ恋だったのだ。
変わったのは、罪悪感と自責の念からいくらか解放されてエーファ姫の気が楽になったことぐらいだ。


アルトリオは、フィーネ姫の侍女の好意を受け取らなかった。
何故?と問われたら、返す言葉は決まっている。
今はそんな気にはなれない、と。
アルトリオは仕事を一番に考えている。
本人は自身を未熟だとして、一人前になれたら……と言うが、彼の評価は言うまでもない。
相手の女性についても申し分ない。
一体何が気に入らないのだと言われれば、その気になれないというところへ既結する。

その気になれるまで待っています。時間をかけて私を知ってください。とまで言われたら、はっきり言うしかなかった。
アルトリオは彼女に対して、彼女と同じ好意を持てるとは思わなかった。
彼女は、何故?と問い詰めはしなかった。
ただ何かを察したように頷いた。
そして呟いた言葉が、アルトリオの胸に深く刺さった。

「そうですよね。あんな可憐で、清廉な姫様を毎日お側で見ているのですものね」

彼女がこの話にエーファ姫を持ち出した上、一人の女性として「かなうわけがない」と比べたことにアルトリオは違和感を覚えた。
同時に胸の深いところに感じたざわめく痛みを無視しきれない。
アルトリオは咄嗟に姫様とあなたを比べる必要はないでしょうと口にしようとして、やめた。
やましさを隠す言い訳に聞こえるだろうと思ったからだ。
あれこれ考えたが、結局アルトリオには言葉が見つからなかった。

ようく考えてみて、アルトリオは姫の側に居る内に女性に対するハードルが上がってしまったという考えに至った。
いくら仕事が一番とはいえ、そこまでくると呆れる。
けれど、それだけこの仕事を愛しているのだということで納得した。


塔にのぼる日が来て、扉が開く。
しかしこの日はいつもと違った。

「どうしたのですか?」

姫を引き止める侍女へ問うと、侍女はアルトリオにもそれを頼んだ。

「姫様がお熱があるのに行かれるというんです」

不敬を承知で、アルトリオは身を屈めて顔を覗きこんだ。
確かに顔が赤いし、目が潤んでいるのも熱のせいだろうと思えた。
可哀想になったが、アルトリオは直接姫に声をかけることはなかった。
やって来た神官に説明し、判断をあおぐだけだ。

「大丈夫。平気です」

そう宣言する姫の力強い眼差しを見て、神官は止めなかった。
宣言通りこなしたものの、気が抜けたのか、姫は祈り終えるとその場にぺたんと座りこんでしまった。
神官達が何とか抱え起こしたが、後を任されたのは騎士であるアルトリオだった。
アルトリオは長い階段を、ふらつく姫の手をとり背を支えながら下りた。


それから二日経ち、三日目の朝。
ゆっくりと扉が開く音が耳に届き、アルトリオは首だけでそちらへ振り返った。
そろっと開いた隙間から覗くのは可憐な人で、アルトリオと不意に目が合ってしまうとハッと息を呑んで引っ込んだ。
アルトリオは思わず笑ってしまった。
熱を出しても気丈に役目をこなした人が、こんな子供の様な振る舞いをしている。
それはアルトリオの胸に優しくあたたかいものを呼んだ。
彼女が涙を流した時とは違う。
微笑ましい人間味だった。

姫がそこまでするのだから何かあるのだろうと察したアルトリオは、きっともう一度開くだろうと予測して扉へ体を向けた。
すると、やはり。
扉は再びそろりと開いた。
それが可笑しくて、アルトリオはくすりと笑ってしまった。
けれどもそれは小さな愛玩動物よろしくびくびくと怯えた様子の彼女には安心感を与えたようだった。

「どうされました?」
「あの……」

巫女の時の、凛として厳かな印象とは違う。
エーファ姫は言いかけて、あっと気付いて扉の影から姿を現した。

「先日、熱を出した時に。助けてもらったのにお礼を言ったかしら?と思って」

助けるとは大袈裟だ。
アルトリオは職務上、命じられるままに手をかしただけなのに。
けれど些細なところへも気を配るのが姫らしい。

「ありがとう」
「恐れ多い。当然の事をしただけですから」

二人の知らぬところでこの些細なやり取りは報告されたが、ムーティ隊長にしても周りの騎士達にしても、これは進展とは言えないものだ。
しかしエーファ姫にとっては勇気の要る大きな挑戦で、未知なる冒険であった。
そしてそれは結果的に姫に大きな収穫をもたらした。
アルトリオが、姫に向けて微笑みを見せたのだ。
まともに目を合わせて話すことでも胸が弾けるかと思うのに。
お互いに立場を逸脱しないやり取りではあっても、エーファは、彼の心がうかがえたようで嬉しかったのだ。

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