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短篇
13
その日、隊長への報告の際、アルトリオはそれを口にするのを逡巡した。
これは大事になると覚悟したが、隊長の反応はあっさりしたものだった。

「うん、まぁ、そういうことだ。わかってるだろうが、この事はくれぐれも……」
「ええ、はい。それはもちろん」

お前達を信頼してのことだろう。と、隊長は王妃が騎士達の前でそれを口にした訳を推測した。
アルトリオは、自分達より先に近衛騎士隊の隊長が聞かされていない訳がなかったと気付いた。
冷静になって考えれば予測できたことだ。と、アルトリオは己の慌てぶりを恥じた。

フィーネ姫付きの騎士によると、フィーネ姫は前々からエーファ姫の恋愛については賛成だったらしい。
万が一この事が知れて問題になった場合、味方が多い方がいいという考えもあったのかもしれない。
アルトリオは納得して頷いた。

「前例の無い事だが、あくまで“正式な記録では”という事だそうだ」

個人差はあれど、歴代の巫女については記述が残っている。
が、彼女達が恋をしたやら恋人がいたなどという記述は一切無い。
まったく触れられていないのだ。
記録に無いから“無かった”のではなく、記録が無いから“あってもおかしくない”のだ。
都合よく解釈を変更して問題は無いのか。
結婚して家庭を持つ僧侶が居るとはいえ、巫女という特別な存在がそれを許されるのか。
そこが懸念されるところだが、それが特例的に許されてきた事実がある。
それは神官に伝わる重大な秘密であり、形なき記録であり、史実。伝統。歴史であった。

とはいえ。
特例を頼りにいざ巫女になっても認められなかった事例もある。
心身の健康を害し、国や民に影響が及ぶと神官達によって判断されて初めて適用されるのだ。
実際に認められた例は少ないものの、伴侶を持ち、子供が居た巫女もある。
しかしそれを大々的に祝うことは当然叶わない。
相手となる者は表向きには一生独身の振りをして過ごさねばならず、子供の存在も隠される。
それを幸せと呼ぶかは本人達の尺度だが、歴代の王達が王家から巫女を出さなかったのはその様な未来を憂えてのことと思われる。

アルトリオは、エーファ姫が幸せだと思えるよう。そうなれるよう支える決意を新たにした。
姫に幸せになってほしいと考えたのはつい先日のことだ。
彼女が涙を流した時。
彼女もまた人間だったと知った時だ。
くずおれて感情をあらわにした時、ただ純粋にこの方に笑ってほしいと思ったのだ。
蝶を見て「きれい」と微笑んだ時のように。
彼女が泣き伏していた七日間の、あの重く垂れ込めた悲しみ。重苦しい胸の痛みはもう二度と知りたくない。
アルトリオは、仕事に私情を交えていることに気付いていなかった。


アルトリオが出ていってからムーティ隊長のもとを訪れたのは、アルトリオより幾つか年若の、同じエーファ姫付きの騎士だった。
誰にも知られぬように来いと言われて緊張していたが、隊長のリラックス具合に拍子抜けしてしまう。

「で、アルトリオの様子はどうだ?」
「はい?」

仕事の用向きではないと悟り、騎士は思わず聞き返してしまった。
誰が心配する必要も無い。
彼はいつも通り仕事に真面目であり、尊敬できる先輩だった。
すると隊長は拗ねたように独り言ちる。

「ふん。おもしろくないヤツめ」

彼が面白みのない人間なのは今更だ。

「あの、それで、重要な話とは……?」

まさかこのまま保護者のお話で終わるまいと期待して切り出したのだが、隊長は変わらず軽い調子で口を開いた。

「特に何をせよというのではない。ただ、アルトリオの様子を報告してくれればいい」
「……どういうことでしょうか?」

一瞬で騎士に緊張感が走る。
言葉を失ったが、その可能性を信じたくなくてあえてとぼけた質問をした。
彼の何処に疑う余地があるというのか。
たった今“おもしろくないヤツ”だと隊長自ら言ったはずだ。
彼の忠誠心が揺らぐはずがない。
しかし、真面目であるが故にエーファ姫の恋愛が冒涜だと考える可能性もあると気付くと背筋が凍る。
だが、そんな騎士の覚悟はまたあっさり吹き飛ばされた。

「やぁ、違う違う。陛下が心配されているからな。立場上、気軽にそういった話ができないだろう。そう頻繁に人払いをしていれば怪しまれる。それにエーファ姫様はもともとが口数が少ない方であるし、特に恋愛については罪悪感を持ってらっしゃる」
「え?それで、アルトリオが何……えっ?ウソ!?姫様がぁ!?」

たしなめられて、騎士は声をひそめて謝った。
近くに居る騎士が気づかなかったのだから、堅物の彼が気付くわけがない。
三年も側に居てこの一定の距離を崩さなかったのに、これからそれが変わるとも思えない。
スパイになる破目になった騎士は、果して報告らしい報告ができる日が来るのか不安になった。

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