短篇
11
エーファが決心する前に、王は話を終わらせた。
押し出されるように部屋を後にしてからも、ぐるぐると考えながら部屋へ戻った。
そしてこの日は、塔へのぼる日だった。
部屋を出てもまだ迷ったままで、周囲はそんな姫を見て彼女が未だ自責の念にかられて悲しみの中にいるのだと思っていた。
神官の老いた手が、エーファの背を気遣わしげに撫でた。
「どうぞあなたの祈りを、神に。国と、民に捧げてください。あなたにしかできないことなのですから」
エーファは、神官の目を真っ直ぐに見つめた。
その答えを知りたかった。
「私に、できるでしょうか?」
そんな資格がまだあるのか。
まだ、それを許されるのか。
その問いに神官はゆっくりとひとつ頷いて答えた。
「もちろんです。他の誰がそれを許されるでしょう」
特例で。
許される、秘密。
「天は必ず微笑むと、誰もが信じています。もちろん私も。エーファ姫様」
ぐっと泣きそうになって、エーファは両手で顔を覆った。
老いた手が背を撫でる。
それは慰めでも励ましでもなく、許しだった。
「姫様が悲しまれると、天も胸を痛めます」
姫は塔へのぼった。
間もなく激しい雨は弱まり、その日のうちに雨はやんだ。
ピンクがかったなめらかな肌を、白いくつが大切に包む。
それが泥に埋もれて汚れるのを気にするのは本人以外の周りだった。
民のために祈りに行きたいというエーファ姫の要望で、ぬかるんだ道を馬車が走った。
しかし大きな倒木で道が塞がれているとわかると、姫はその泥の中を歩いて人々のもとへ向かったのだ。
姫は構わず何処でも膝まずき、指を組んで惜しみなく祈った。
そんな姫の前に進み出たのは、姫に暴言を吐いた若者だった。
彼は迷わず泥の中に平伏した。
「お許しくださいッ、姫様!」
あちこちで膝まずいて泥だらけの自分を棚に上げ、姫は若者の行動に目を丸くした。
どうぞ顔を上げて。という言葉に大きな謝罪がかぶせられる。
「妻の死を悲しむあまり、信仰を見失ってしまいました!」
雨が降りだして三日目。
若者は罪の意識に苛まれ、村人達に頭を下げた。
村人の中には若者を罵倒し、この雨が天に唾した罰だと責める者も居た。
けれど女達が出てきて男達を叱り飛ばすと、村へ来ていた騎士のもとへ若者を引っ張っていった。
エーファ姫に謝罪するために面会したいと頼み込んだのだが、騎士にそんな権限は無い。
それに姫がそんな状態にないと聞き知っていたので、どちらにしろ叶わぬことだった。
だから、こうして直接謝罪できるのは若者の待ち望んだ事だった。
「雨は上がり、天はもう晴れました。それが答えだと思います」
許されたのだと知り、若者は涙を滲ませた。
見送る背中がぴたりと止まり、皆の間に動揺が走った。
「姫様?」
エーファ姫は村人と騎士達の間を迷うように視線を行ったり来たりさせた。
「どうされました?」
直接聞いたのはアルトリオだった。
そしてアルトリオは、エーファ姫がはしらせた視線を見逃さなかった。
「失礼ながら姫様、我々にお時間をいただけないでしょうか」
口を開くと同時に言われてしまい、姫はぱちぱちと瞬きをして耳を傾けた。
村人に手を貸したいとの申し出に、エーファは先を越されてしまったと思った。
アルトリオの言葉を聞いた他の騎士達は黙っていたが、にっと笑った顔は誇らしげだった。
感動したエーファは胸元できゅっと両手を握り、ふんわりと可憐に微笑んだ。
一連のやり取りを見ていた人々はエーファ姫の配慮に気付いたし、それをくみ取って言葉にした騎士の気遣いにも気がついた。
感激した人々は、いつまでもその事を語り合った。
城へ戻ったエーファは、ホールでまたぴたりと足を止めた。
騎士達が顔を見合わせる間もなく、エーファはその場でくつを脱ぎ裸足になってしまった。
迎えに出た侍女は大慌てで、姫の手から奪うようにくつを受け取った。
こんな場所で……と困った顔をする侍女に謝って、エーファはぺたぺたと歩き出す。
「だけど泥だらけなんですもの。そのままではあちこち汚してしまうと思って……」
姫の純粋な優しさから来る気遣いには騎士をはじめ、侍女も笑みをこぼした。
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