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短篇
10
しとしとと雨が降り始め、その日の夜には酷い豪雨になった。
真夜中も降り続けた雨は、次の日も。その次の日もやむことはなかった。
三日三晩続いた雨で川が氾濫し、家々が浸水し、畑が流れた。
被害の酷さに、エーファはまた涙した。
最早このまま巫女で居ることは許されない。
被害をこれ以上増やさないよう、神の怒りをしずめるように、生け贄にしてほしいと願い出るしかないとエーファは思った。

口を開いたエーファを遮ったのはノックだった。
そしてそれは、エーファに更なる罰を下すものだった。
川が決壊し被害が出そうな場所へアルトリオらも行くというのだ。
すでに騎士達は沢山国中へ出ている。
姫付きの騎士まで駆り出されるということは、それだけ被害の大きさを物語っていた。

自分のせいで彼まで命を失ってしまったら……。
エーファは必死の思いで祈ったが、雨がやむことはなかった。

七日目の朝。
エーファは王に呼び出された。
人避けがされ、王と王妃と、三人だけの空間だった。

エーファが項垂れて謝ると、王と王妃はエーファを慰めた。
しかしエーファにはわかっていた。

「いいえ。いいえ…!すべて私が悪いの…っ」

エーファは今こそ懺悔すべき時だと思った。

「お父様、お母様。私は罪を犯しました。私は……」

エーファは頬を染め、指を組んで告白した。

「想う方が、あるのです」

数拍の沈黙の後で、王の深く長い溜息がもれた。

「やはり、お前が巫女になることを認めたのは間違いだったようだ」

滲んでいた涙がエーファの頬に伝う。

「お前がこれほど苦しむなら、どれだけ望もうと反対してやればよかった。父として娘の成長を喜んでやれないなんて……。これまでの王が何故王家の姫を巫女にすることを許さなかったのか、私は正しく理解できていなかった。すまない、エーファ。私がお前を止めてやればよかった。巫女でなくともお前が祈れば救われる民は多く居るのに」

両親にそんなことを言わせてしまった。
エーファはそれを己の修行が足りないせいだと責めた。

「我が国の歴史において、巫女に伴侶が居たという記録は一切ない」
「そうね。誰一人としてそこには触れられていないのだから、実際にどうだったか知る術は私達には無いわね」
「そしてその伝統はこれからも続くだろう」

エーファは二人が何を言おうとしているのか理解するのに時間が要った。

「巫女とは国の繁栄と安定のために祈り、民の幸せと平穏のために祈る者のことだ」

そうではないか?と問われ、エーファはそうです。と頷いた。

「それを為すならばまず、お前の心が穏やかであり、満たされていなければならないのではないか?」

確かにエーファはそう神官に教えられてきたが、だからといって巫女が幸せであるために恋が許されるという理屈は通らない。
エーファの考えを察した王は、その神官の名前を挙げて言った。

「神官いわく、巫女の結婚は暗黙の内に許される。例は少ないが、実際に家庭を持った巫女もあったという。これは神官に代々伝わる秘密であり、れっきとした伝統、歴史である」
「ただし、巫女の心身の健康が阻害され、国や民に悪影響が及ぶ場合にのみ特例として許されるのだそうよ」

都合がよすぎる気もするが、王は安心しなさいと続けた。
娘のために歴史を曲げ伝統をでっち上げて国や民を危機にさらすと思うかい?と問われれば、否だ。
エーファ自身も何の保証も無い賭けで恋をするのは危険だと思ったからこそここまで苦悩したのだ。

「この七日雨が降り続けているのは、お前が恋をしたからではない。お前が恋をした自分を呪っているからだ」

どすんと殴られたほどの衝撃を胸に覚え、エーファは絶句した。
そしていっそ自分が居なくなってしまった方がいいとまで考えていた不健康な精神状態を思い出す。

「エーファ。もうよいのだ。許してやりなさい」
「この雨はあなたの涙よ。そしてそれを憂う天の涙よ」

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