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短篇

聞きました!?と、侍女は声を弾ませた。
エーファが首を傾げただけで答えると、彼女は声をひそめて話し出した。

「フィーネ姫の侍女が、ヴァント騎士に想いを寄せてるのですって」

エーファは感情が顔に出にくい質でよかったとホッとした。
そうでなければ、動揺が彼女に伝わってしまったろう。

「お優しいエーファ姫が足を止めてくださったから出逢えたのですって。ですから、キューピッドは姫ですよ」

彼らの幸せを願わなければならないのはわかっている。
知らずにやった事とはいえ、彼らを結びつける役割を嬉しい事だと喜ばねばならないのもわかっている。
けれどそれには大きな努力が要った。
二度のカラスの襲撃で不安になっているエーファを元気づけようという気遣いだと知ると、尚更。
責められるべきは自分だと、罪が暴かれる。

罪深い恋心が醜い妬心を生む。
それが大きな悲歎となってエーファを襲う。

エーファ姫は聖堂へ向かう準備を整えながら、焦りと動揺を抱えていた。
こんな心境のままではいけない。
わかっているけれど、一歩部屋を出たら更なる苦しみがエーファの胸を締め付けた。
これまでも罪悪感に苦しんできたのに、それが悪化したことに絶望する。
深まる恋心と罪悪。
すぐにでも抹消せねばならない危機感を覚える。

聖堂へ近付くごとに、己の穢れがあらわになる。
祭壇のイスに座った時、エーファはこれは冒涜だとさえ思った。


人々が流れ込み、聖堂が満たされようとしていた。
さわさわと、人々の囁きが重なる。
その時。
厳粛な空気を怒声が切り裂いた。

「妻を返せッ!」

人々が振り返り集まった視線の先に、若い男が立っていた。
怒りにうち震える彼が誰に向けて言ったのか、誰一人として理解できていなかった。
まさか、それが巫女へ向けられたものだとは。

「アンタは俺たち民のために居るんじゃないのか!俺たちが幸せになるために祈ってくれてるんじゃないのか!」

ずんずんと大股で歩み寄る男を、人々の手が押さえ込もうと何本も遮る。

「それなのに、妻は何故死んだんだ!」

怒号が飛び、羽交い締めにされても男は叫んだ。
騎士達が祭壇の前を塞ぎ、神官達は人々に怪我が無いよう見守っている。
エーファは体を強張らせ、目を丸くしていた。

これは罰だ。と、エーファは思った。
そして。

「アンタは何のためにそこに居るんだ!」

これは罰だ。
祭壇を冒涜した罰だ。
巫女の座を汚した罰だ。

誰にも赦しを乞えぬ罪を、必死に一人で打ち消そうとしてきた。
なんとか巫女に相応しい身になろうと努力してきた。
そうあることが人々のためになり、国のためになり。そして自分の生きる道になるとわかっていたからだ。

自分の犯した罪のせいで人の不幸を招くなら、最早巫女ではいられない。
エーファはいっそ、大昔のように生け贄になっていたなら。と、思った。
そうすれば罪を犯さなかったし、人を不幸にすることもなかった。

怒鳴り、大騒ぎだった人々が祭壇へ目をやると、ぽかんと口を開けて立ち尽くす。
一人、二人と。
その波はゆっくり広がって、巫女を罵倒した男さえ押さえつけられたままで固まった。
何が起きたのだと不思議に思った騎士達が視線を追い、そして彼らもまた同じように呆然と立ち尽くした。

姫は右手をかざして目元を隠していたが、両の頬に涙が伝っていた。
次々と溢れ、純白のドレスに落ちる。

下唇を噛んでこらえていたものがひくりともれると、動いたのは神官達だった。

「姫様、こちらへ」

靴音が耳に届くほど聖堂は静まり返っていた。
アルトリオら姫付きの騎士はそれに続き、聖堂を後にする。

エーファは一歩出るなり、廊下で顔を押さえしゃくりあげた。
今日はもう続けられないと告げられると、ハッとして泣き顔を上げる。

「でも、まだ…!」

せっかく足を運んだ人々に祈りを捧げて応えねばと思ったが、もうそんな資格もないのだと知る。

「あの若者には不幸なことでしたが、悲しみのあまり信仰心を見失ってしまったのです。姫様は立派にお役目を果たしてらっしゃる」

この騒ぎでは続けられない。
それはエーファにとって、終わりを宣告された瞬間だった。

「……めん、なさぃ……っ」

自分の罪のせいで人々を不幸にし、信仰さえも奪った。
罪がまた大きな罪を呼ぶ。

「ごめんなさいっ、ごめんなさい…!私が……っ、私がぁ…!」

エーファはその場にくずおれ、泣きじゃくった。
神官らは姫をなだめたが、他の者はショックを受け言葉もなかった。

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あきゅろす。
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