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短篇

巫女に恋人が居たという記録が無いのだから、その結果、国や民にどんな影響が及んだか当然わからない。
もしもひそかに巫女が恋をしていたとしても同じ事だ。
どんな場合にはどんな結果になるのか一切わからないのに、己の欲求のために危険な賭けにはでられない。
エーファはやはり、巫女として修行の道を歩むべきだと決意をあらたにした。
そこに生じる苦痛を思い家族が胸を痛めているなら、尚更。
悟られずにこの試練を乗り越えねばならない。


部屋に戻ってどれほど経ったか、扉の向こうの騒がしさが気になりエーファはそっと腰をあげた。
すると飛び込んできたのはフィーネ姫だった。

「エーファ!私の猫見なかった?」

泣きそうなフィーネに目を丸くしながら、エーファは小さく首を振った。

「いつの間にか姿が見えなくなってて……。エーファが部屋を出る時には気をつけて見てたから絶対に部屋の中に居たの!その後に外に出ちゃったのかもしれない。エーファに懐いてたから、もしかしたらと思って」
「見てないけど、さがしてみる」

侍女に目配せすると、励ますように強く頷いた。

「大丈夫。泣かないで?きっとすぐに見つかるわ」

そう言って部屋の前でハグして別れた後も、エーファはフィーネの後ろ姿をずっと見守っていた。


アルトリオが聞いたエーファ姫の飾らない声は、巫女でいる時よりずっとやわらかでふんわりしていた。
見つかったという報せを聞いた時も、よかった。と静やかにもらした。

この日、外へ出たいとの珍しい要望に侍女は声を弾ませていた。

「何処へ参られます?」

アルトリオがたずねると、浮かれて忘れていたらしい侍女は姫に行き先をたずねた。
すると。

「ただ、外を……眺めようと思っただけなの」

姫は少しうつむき、華奢な指をもじもじと絡めている。

「いつもそこの窓から見てるのだけど……。その……少し、こわくて」

まだ鳥が激突した時の恐怖が残っているのだろう。
侍女は悲しげに眉を寄せた。

「下のお庭でいいの」

見飽きるほど見てきた庭でいいと言う姫に、侍女はせっかくだから城の外へ出てはどうかとすすめたが、結局それは叶わなかった。


姫は一人ガーデンチェアにちょこんと座り、飽きもせず花を眺めている。
空や鳥に興味が移りはしても、そこから一度も立ち上がることなくじっとしていた。
時折お茶を飲み、カップの中を見つめる。
周囲には退屈にうつるが、本人にはとても楽しいひとときであった。
ゆったりとした、穏やかな時間が流れていた。

姫が顔を上げたのは、緑の上を大きな影が横切ったからだ。
そしてその目線につられて侍女や騎士達の視線も動く。

低く飛ぶ大きなカラスの羽音が近い。
飛び去ると思ったカラスは旋回して戻り、更に低く低く飛ぶ。
姫の体が強張ったのが騎士達の目にもわかった。
危険を察して騎士達が動いたのと、ティーカップがかしゃんっと音を立ててテーブルに落ちたのは同時だった。

カラスが追い払われ、侍女が姫のもとへ駆け寄ってくる。
アルトリオはまた姫が怯えているのではと胸を痛めた。
今度こそ、涙を流しているのではないかと。
しかしそこには、空を見上げたまま目を丸くして硬直する姿があった。

「姫様!お怪我はありませんか!?」

侍女に問われてやっとゆっくり動いたが、姫は呆然とした様子で立ち上がった。

「姫様?」
「いいえ。……いいえ、大丈夫」

大丈夫と言っても、ショックを受けているようにしか見えない。
それにそのまるで自分に言い聞かせるかのような言葉の色も、巫女のものに聞こえてならなかった。

報告を済ませると、ムーティ隊長は顔をしかめて唸った。

「何です?」

思わず問う。と、隊長は口を開いた。

「実は、侍女を通して神官へ姫より文が渡ったそうだ」

それはアルトリオの知らない話だった。

「不吉に思われた事があったようで、心配されて……という事らしい。何事も無ければよいと案じておられたようだが……」

隊長はそれ以上口にはしなかったが、アルトリオも言い知れぬ不安を覚えた。

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あきゅろす。
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