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短篇

エーファ姫が彼女に目を止めたのは、彼女が感情的になっていたからだ。
姫の前では皆かしこまって、怒って叫ぶことは滅多にない。
聖堂で接する民の中には泣き出す者も居るが、その時は感情について冷静に考える余裕などない。
けれど、彼女が困っているようだとわかるとのんびり考えていられる心境ではなくなった。
彼女を助けるように動いてくれた騎士達の判断に姫は感謝した。
それが姫の願いを叶えるために動いてくれたのではないとしてもだ。
仕事の一環として。エーファ姫が珍しく目を止めたから。
それを悲しいとは思わない。
それが当然なのだ。

泣く少年を見て動いた彼はさすがだと姫は思った。
正しい心を持ち、こういう時に咄嗟に動ける人間が評価されるのは当然だと。
少年を励まし、憧れの対象になるのは騎士として素晴らしい。
けれど、あの女性の心をときめかせたことまでは素晴らしいと寛容になれきれない。
初めて彼の微笑む顔を見られたのに。
その感動的な発見は、醜い思いと背徳感に潰れた。


エーファ姫と二つ違いで一番年が近い姉の部屋へ、姫は猫を見に遊びに行った。
足が長くてスタイルのいい黒猫だ。

「エーファは、恋をしてる?」

唐突な質問にも動揺を見せず、むしろ不思議なことを聞くのねとおっとりと思う。

「どうして?巫女なのに?」

膝に乗る黒猫を撫でて、エーファ姫は首を傾げた。
巫女は信仰に身を捧げる存在で、歴史的にも恋人や伴侶が居たという記録は一切無い。
だからこそ罪の意識にさいなまれているのに。

「今は結婚して家庭を持つ僧侶は沢山居るでしょ?巫女だって構わないじゃない」

それとこれとは別だとエーファは思った。
しかし姉のフィーネはそれを悪い事だと考えていなかった。

「それが一生に一人の大切な人だったとしても、巫女なら恋をしてはいけないっていうの?そんな不幸な状態で沢山の人達の幸せのために祈れると思う?」

絶対ムリ!とフィーネは言うが、事実、エーファはそれを実行している。

「でも、それも試練じゃないかしら?」

信仰を試されている。
それを乗り越えるのが修行だとエーファは思う。

「エーファは女の子なのにお兄様達と同じ事を言うのねっ」

フィーネ姫は聞いた?と振り返って侍女に話しかけた。
エーファはのんびりした子だから、まだ恋に落ちた女心が理解できないのかしら?と。
そうではない。
兄達は尼僧として、巫女としてあるべき姿を言い、フィーネは人として、女性としての理想を言ったのだ。
意見が対立したようでいて、すれ違っている。

「そもそも私はエーファが恋をしたことで巫女の役目に支障をきたすようなことはないと思うのよ。どれだけ大切な人ができてもよ?それくらいエーファが信仰に厚いって知ってるでしょう?」

フィーネは再び侍女に同意を求めた。
彼女達は、ええ。もちろん。そうでしょうとも。と口々に賛同したが、エーファは簡単に頷けなかった。

「もちろん、怯えるほど恐ろしいことが起きても、国と民のために祈る気持ちが揺らいだりしないわ。例えば恋をしたって、祈る時は変わらず真剣だと思う」

エーファは猫を撫でながら、淡々と語る。

「けれど無理なのよ。私がそれをできたとしても、巫女はそれを許されない存在なのだと思うわ。その試練を乗り越えねばならない。巫女というのは、それほど大きなものだと思うの」

フィーネも侍女も、揃って目を丸くした。

「本当にエーファは、信仰のこととなるとおしゃべりになるのね」

エーファは少しうつむいて、小さく首を振った。
フィーネ姫にはそれが照れているのだとわかった。
そしてフィーネ姫は噛み締めるようにぼそりと呟く。

「お父様が言っていたのは本当ね。やっぱりそうなんだわ」

フィーネに聞かされた父が語ったという言葉に、エーファは最も衝撃を受けた。
エーファが巫女に選ばれた時、やはり止めるべきだった、と。
いずれエーファに恋心が芽生えた時に苦しませずに済んだ。
特にエーファは感情の見えない子だから。
恋を素晴らしいものと知って、愛される喜びを感じてほしい。
それを修行だと無理に抑え込んでしまうのは可哀想だ、と。
歴史上のこれまでの王が許してこなかったのも、我が子への愛ゆえにかもしれない。

フィーネはこの話を父から聞いて、確かめるためにエーファを部屋へ誘ったのだとエーファは悟った。
そしてエーファの話を聞いて、エーファならばそうすると知ったのだ。

「ありがとう、フィーネ」

エーファは、そうして自分の幸せを考えてくれている家族に感謝した。

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