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短篇

長く感じた一瞬の光景を脳裏に浮かべて、アルトリオは小さな背徳感を覚えた。
か細い少女の悲鳴。
怯える姿。
震える体をさすられ、涙ぐんだように見えた彼女の素顔を覗き見てしまった。
幸い他の騎士の目には触れなかったが、不敬であったと一人心中で懺悔した。
だが幼い頃から落ち着いていて大人びて見えた彼女が動揺するのだから、よほど恐ろしかったのだろうと可哀想に思った。
そして、少しの胸騒ぎを覚える。
鳥が城に激突する事もだが、それがエーファ姫の部屋の窓であった事に。
不吉な予兆ではないだろうかと不安になる。
まさか、と否定しながらも、些細な事ではあるが念のためという体裁をとって、アルトリオは隊長のムーティにいつも通り報告した。

アルトリオの心配は、笑いがこぼれるほどのちょっとしたハプニングとしてムーティにあっさり流されて終わった。
そこがこの男の厳格なところで、信頼を呼ぶ一因なのだとムーティは評価した。
巫女の騎士であるなら、これほど用心深く律儀に報告するくらいでなければならない。
この三年の働きによって、アルトリオは信頼と評価をより高めた。
それは家名を上げるのにも繋がった。
ムーティは親友であったアルトリオの亡き父も喜んでいることだろうと誇らしげに語った。
そこでそろそろ家庭を持ってもよいのではないかと何度も話を持ち出しているのだが、アルトリオはまだ未熟だからと遠慮し続けている。
形ばかりの謙遜ではない。
アルトリオはまだ、一人前と認められるほど何かを成し遂げていないような気がしていた。
何を成せば……という具体的な事はわからない。
ただ、いくら評価されても実感はなかった。


それは城内の聖堂へ向かう回廊だった。

「ちょっと、もぉ〜!何やってるのよ!だから返しなさいって言ったでしょ!どうするのよ〜」

中庭で響いたその声に最初に反応したのは、意外にもエーファ姫だった。
すっと視線が流れた後でぴたりと足が止まったので、騎士達の視線も反射的にそちらへ向いた。
そこには侍女らしき女性が居て、かたわらには少年が立っている。
二人は木を見上げていたが、姫に気付くと腰を折って深く頭を下げた。

「何をしている」

姫の様子を窺い、珍しく興味を示していると察したアルトリオが騎士達と目配せをした。
声をかけたのはその中の一人の騎士だった。

「はい。久し振りに会いに来た弟にせがまれてスカーフを見せましたら、風に飛ばされて木の枝に引っ掛かってしまいました」

どうする?と目配せした騎士達を、姫もどうするのかと探るように見た。
そうすると何とかするよう迫られている気がして、アルトリオは数拍考えて騎士の一人に頷いた。

「何処だ」
「申し訳ございません」

騎士が手助けに向かうのを、姫は感情のうかがえぬ表情でじっと見つめている。
しかしスカーフは思ったより高い場所にあるようで、手をのばしても剣をのばしても届かないようだ。

「すいませーん。高過ぎます!」

根をあげてアルトリオへ振り返ると、他の騎士達が吹き出した。
何をやってるんだ。情けない。カッコ悪い。とからかわれる。
アルトリオは親指を立ててくいっと動かして、戻れ。と合図した。

「後ではしごを持ってこさせましょう」

騎士の言葉に、アルトリオは頷きかけた。
だが、悪いなと謝られて余計に恐縮する女性の横で、少年がぽろぽろと涙をこぼし始めたのを一同は見た。
とても悪い事をしてしまったと思ったのだろうということが誰の目にもわかった。
すると考えるよりも先に自然とアルトリオの体が動いていた。
息を呑んだ女性は、アルトリオが木の下へ来ると何度も謝った。

木の節に足をかけて腕をのばせば届きそうな位置にしっかりした枝がある。
それを確認して、アルトリオは枝に飛びつき、腕の力でぐいっとそこへ登った。
スカーフを手に戻ってくると、目を丸くした女性は頬を紅潮させてまた何度も頭を下げた。
女性に対しては「いや」と短く言葉を返しただけで、アルトリオは泣く少年へ目を向けた。

「泣くな。もう終わったことだ」

少年はぐいっと涙を拭い、力のこもった目でアルトリオを見上げた。
その顔を見て、アルトリオは少し口角を上げて頷いた。
戻るアルトリオに、騎士はこそっと。

「あの子、将来騎士になるって決まりましたね」

そうだろうか。そうならば嬉しいが。と、アルトリオはふっと笑った。

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あきゅろす。
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