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短篇

彼と目が合ったのはほんの一瞬だった。
けれどその一瞬を、何度思い返しても鮮明におもいだすことができる。
栗色の髪と、目。その男らしい眼差しを。
一瞬でそらされた目は問題の場所へ向かい、それをすぐに解決してくれた。
侍女は驚きつつエーファ姫のもとへ来て、怯えて震える姫の背を撫でて慰めた。
彼は鳥を追い払うと余計な事は言わず「済みました」とだけ言って、律儀に失礼しますとことわって退室した。

父も母も、エーファ姫に彼のことを“信頼できる男”だと言った。
忠実で、勤勉で、腕もたつ。
巫女となったエーファ姫を警護させるには申し分ない男だ、と。

エーファ姫の騎士として最初に挨拶をした時、エーファ姫は彼がそうかと思っただけで名前も覚えなかった。
これから世話になる騎士達の顔ぶれを見ただけで、その時は彼ら全員に挨拶をしただけで終わった。
目を合わせたという意識も特になく、ただ、あまりに素っ気なく映っただろうかと気にするくらいだった。

いつだったか、侍女に「私はわかりにくいだろうか?」とたずねたことがある。
けれど侍女は「何です?」と驚きながら笑った後、姫様はそれでこそ姫様なのだと言った。
皆、そうわかっているから。だから気にせずともよいのだ、と。
その時は立場に甘んじている自分を情けなく、もどかしく思ったものだが、エーファ姫はそうであってよかったと思うようになった。

彼に合う度に頬を染めていては、巫女として、信仰に身を捧げる者として失格の烙印をおされてしまう。
今のエーファ姫は、それが一番気がかりだった。

彼への恋心を抱いたまま巫女をつとめる。
それが神に背く行為だとしたら、自分は国や民を不幸にしてしまうのではないか。
だから、浮かれるようなことはない。
恐ろしいのだ。
彼の気配を側に感じる度に。
名前を心の中だけでそっと呼んでみる度に。
とても恐ろしい罪を犯している気になる。
いっそ大昔の言い伝えのように生け贄になっていれば、こんな事にはならなかった。
そんなとんでもない思考に陥るほど。
そしてそれさえも罪だと苦しくなる。

感情の起伏が少なく表情が乏しいエーファ姫に、両親は恋を素晴らしいものだと話して聞かせたことがあったが、それはある意味正しかったと姫は思う。
恋をすれば自然と豊かな感情がうまれ、表情となってあらわれる。
それは、違った方向で叶えられた。
エーファ姫は恋心を知って、背徳感や苦悩を得た。
天秤にかけるまでもない。
決して叶わぬ、報われぬ想いがあることを知った。

神の試練にしては酷すぎる。
信仰心でやっと救われたと思ったのに、神を裏切り続けているのはつらい。
今は、早くまっさらな気持ちで信仰の道に立つのがエーファ姫の願いだった。

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