[携帯モード] [URL送信]

短篇

無口で感情の起伏が少ないエーファ姫は、赤ん坊の頃から手のかからない子だった。
発達が遅れているのでは?と心配されたこともあったが、信仰について話す時は饒舌になった。

父である王は、子供達の中でも手のかからないはずのエーファ姫を気にかけていた。
いずれ信仰の道に身を捧げたいと言うことがあれば、引き止めずにそうしてやろうと王妃と話し合って決めた。
愛するからこそ。
エーファ姫が幸せであるにはそれがいいのだと。

歴史では王族の姫が巫女に選ばれた事例はほとんどない。
姻戚関係を結ぶために姫を貴族や他国へ嫁がせたからだとされる。

覚悟していた事とはいえ、本人が言い出すより先に巫女に選ばれてしまうとは王も思わなかった。
けれど決めていた事なので、本人の意思を尊重してその道へ入るのを許した。
巫女の生活は苦しくはないか。つらくはないかとたずねても、エーファ姫は「いいえ」と首を振った。
真実。エーファ姫はこの道を神の恵みだと思っていた。
何の取り柄も無い自分に与えられた、神の救いであるのだと。
誰かに褒めてもらえたり、人の役に立てる喜びを知ったのもこの道だった。

姫が指を組む時、胸の中でうまれた祈りが波紋のように国中へ広がるのを感じる。
エーファ姫にはその実感があって、巫女として役目を果たしているという自負もあった。
けれどそれが明確に民に成果として現れているのか、エーファ姫にはそれがずっと小さく引っ掛かることであった。
民衆に有り難がられ、評価されたい欲は無い。
ただ本当に彼らの役に立てているのか。幸せに暮らせているのか。
そのために、自分が必要とされているのか。
その不安がいつも心のすみにあった。

普段から感情が表にあらわれないエーファ姫だが、巫女である時は緊張で更にかたくなる。
傷ついた心を癒しに来る民や、悩みや苦痛を吐露しに来る民達にもっと慈愛を込めた笑みと声色で接することができればと思っているのだが、うまくいかない。
表現しているつもりでも、微細な変化ではなかなか伝わらないのだ。

巫女に接する民は涙を流し、感謝を述べ、崇めて祈る。
それを目にして役に立てているのだと安心する一方で、もっとできるはずだと焦燥に駆られる。


エーファ姫が幼い頃から仕える侍女は、姫にたまには何処かへ出掛けてはどうかと提案してみるが、そのようにした事はほとんどない。
エーファ姫は私室の中で十分楽しめていたからだ。
花瓶の花を愛で、窓から外を眺めるだけで。
今も、姫はイスにちょこんと座ったまま花瓶の花を眺めていた。
飽きずに、もう長いことそうしている。
幼い頃からエーファ姫はこうで、一ヵ所に座らせたらそこから動かずじっとしていた。
狭い世界の内でも、窮屈に思わない。

巫女という大きな役目を背負った時とは違い、花を愛でるエーファ姫の表情はやわらかく、雰囲気もゆったりと優しい。
しかし、その時。
バンッ!と大きく窓を叩く衝撃と音に、エーファ姫はびくんっと肩を揺らした。
ばたばたと暴れる黒い影を見てそれが鳥の仕業だと把握できたが、とても恐ろしくて硬直してしまう。
肩をすくめ、両手をぎゅっと胸の前で握って恐怖に震える。
ぎゃあぎゃあと鳴き出すとまたびくんと怯え、そこでやっと逃げ出すことを考えた。
だが鳥は見計らったかのようにエーファ姫がそろりと立ち上がるとぎゃあぎゃあ鳴きわめきながら羽でガラスを激しく叩いた。

「ひゃああっ」

エーファ姫はか細い悲鳴をもらした。
今にガラスを割って飛び込んできはしないかと想像すると背筋が震える。
恐怖に強張り身動きがとれないエーファ姫はせめて耳を塞ごうと試みるが、握り締めたままの拳が開かない。
ふぇ、と泣き出しそうになりながら侍女を呼ぼうにも、ひきつったのどがそれを許さない。
ドンドンドン!と扉を叩くのと同時に大声が姫を呼ぶ。
エーファ姫はまたヒッと怯え、両手を胸元に引っ込めた。

「姫様!姫様!?いかがされました!」

姫はすぐに、あの騎士だと思った。

「大丈夫ですか!?」

助けて!と叫びたいが、いうことをきかない。
その内に侍女や他の騎士達もかけつけ、扉の向こうは騒ぎになっていた。
侍女に許可を貰った彼が、声をあげる。

「姫様!開けますよ!?」

[*前へ][次へ#]

3/20ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!