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短篇

ヴェルトールの王族を警護する近衛騎士隊に選ばれてきたヴァント家の男子、アルトリオ。
彼もまた近衛騎士隊に所属する騎士だった。
隊長のムーティは亡き父の親友で、父のかわりに残されたアルトリオたち家族を気にかけてくれていた。
アルトリオが近衛騎士に選ばれた時も我が事の様に喜んで祝ってくれたし、王より直々に姫の警護に指名された時も臆するなと背中を押してくれた。

真面目で実直、厳格な人柄は代々ヴァント家に受け継がれる遺伝子だ。
例に漏れずその遺伝子を受け継いだアルトリオは、寡黙で、忠誠心の強い騎士だった。
お堅い面白みのない男だとからかわれることもあったが、それは彼への親愛があってこそだった。
近衛騎士は大変栄誉な役目であるが、それがヴェルトールのエーファ姫となれば特別な意味を持つ。
その特別な大役に選ばれても「アルトリオなら」と頷かせるほど、信頼と尊敬は揺るぎない。

いつものように表情を変えず扉を背にして立つアルトリオは、この日が巡って来る度に役目の重さを再認識する。
豪奢で華やかに盛装するのを好まない姫は、飾りの少ない純白のドレスを身につけて現れた。
細く華奢な背にやわらかく揺れる金の髪。
ピンクがかったなめらかな肌。
可憐で可愛らしいエーファ姫だが、この日は表情も引き締まり、凛とした空気を放っている。
幼い頃からそうなのだと、隊長のムーティは言った。
物静かで、大人びて見えた。不思議な雰囲気の姫であった、と。
神官達に囲まれて歩く姿を見ると、エーファ姫は初めからそのような宿命のもとにうまれたのだと思えた。

地の果てまでのぞめる塔の上へ行きつき、ぐるりと取り巻く神官達に見守られ、エーファ姫は胸の前で指を組んだ。
国のため、民のために祈りを捧げる選ばれし巫女。
言い伝えではもともと神に捧ぐ生け贄が由来だそうだが、それは大昔のこと。
国中の尼僧からたった一人選ばれる巫女は、一生をかけて祈り続ける存在だ。
貴族の姫が選ばれることもないことではないが、王族から選ばれるのは歴史上そう多くない。
エーファ姫が選ばれた時は本人よりも周りの動揺が大きく、本人は二つ返事で受け入れてしまった。

長い歴史を持つ信仰の象徴であり、民の心の支えでもある存在。
アルトリオはそんな人物を一番近い場所で警護する役目を任されていた。

エーファ姫は巫女として国内の教会を訪れる以外、私的には滅多に城の外へ出ることは無かった。
だからアルトリオの仕事場はもっぱら城内。
それも主に姫の私室の前だった。

姫に最も近い騎士といえど、その間にはいつも一枚の扉があった。
ここに立つことになって三年が経っても、会話らしい会話をした覚えはアルトリオにはない。
仕事上の事務的なものも直接ではなく侍女に対してなされるので、アルトリオが面と向かって姫と言葉を交わすことはまずないのだ。
姫のお顔をこっそり盗み見るのもほんの一瞬で、目を合わせた覚えすらない。
三年経っても、姫が普段どんな調子で、どんな表情で話すのかわからない。
思い出せるのは、聖堂で民と面会した際に発せられる声だ。
それは凛として厳粛に響くけれども、人間らしい豊かな情動というものは窺えない。
巫女として神秘的な偶像を維持するつとめと思っていたが、彼女は常に物静かで、侍女でさえ感情的な姿は見たことがないという。
アルトリオはそれを“選ばれるべくして選ばれた人なのだ”として納得し、より崇敬を深めるにいたった。

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あきゅろす。
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