短篇
14
「私、わかった事があるんです」
聞いてくれますか?と、マリーは涙できらきらと輝く目でクライヴを見つめた。
「何です?」
「私が未来を視る力に目覚めた後……。予言者には欠かせない、必要な要素があるとおばあちゃんから聞いたんです」
サルマーが“今なら出来る”と言った訳に気付いた時、マリーは赤面して何も言えなくなった。
けれどそれは誇るべきことだと、サルマーはマリーを祝福したのだ。
「私は、“浮わついた気持ちを持たないように、男性との接触を避けなさい”というおばあちゃんの教えを守ってきました」
強く意識していたつもりはないが、結果的に守ったかたちになる。
「それは、本当に愛した人でなければ許してはならないという教えです。人はそれを古くさいとか、恋に恋する子供の考えだと笑うかもしれない……」
確かに古くさいかもしれないが、清純で上品なマリーにはそれが似合っているし、そうあってくれてよかったとクライヴは思っている。
そんなマリーの人柄に惹かれたのだから。
「けれど、私はそれに憧れました。それが、とても尊いと思ったからです。唯一、真実の愛が」
可憐な唇が紡ぐ綺麗な言葉に、クライヴはますます夢中になった。
「その尊いものに触れたことで、私は完成したんです。予言者に選ばれたのも、クライヴさんと出逢ったのも、全部……。全部、運命だったんです」
「あなたに見える世界は、どれほど煌めいているんでしょう……」
クライヴは胸いっぱいに溢れる感動と愛情を、言葉だけで表しきれる自信が無かった。
「あなたの言葉を聞くと、あなたの純粋で美しい心が見える気がする……」
クライヴはマリーの手をとり、指先へ軽くキスをした。
「愛してます。あなたを。あなたに出逢えて、そしてあなたを愛せて、俺は幸せです」
そう言うと、クライヴはマリーの前で片膝をついた。
マリーははっと息を呑み、口を押さえた。
それがどんな意味を持つのか、恋愛に疎いマリーでも知っていたから。
「マリー・カマルさん」
今から何が行われるのか、マリーは目の前の光景が信じられなかった。
クライヴは懐から小さな箱を取り出し、それを開けてマリーの目の前に掲げた。
「俺と結婚してくれますか?」
見開かれた大きな目から、ぽろぽろと頬へ涙が伝う。
マリーはそれを拭いながら、何度もこくこくと頷いたが、声が詰まって返事が言えなかった。
「マリー?」
「……はい…っ。私でよければ……喜んで…!」
「あなたでなければ意味が無い」
クライヴは泣きじゃくるマリーを抱き締めて、彼女の名前を呼んだ。
「ああ、マリー…!ずっと、ずっとこうしたかった……。やっと叶いました」
クライヴはずっとマリーの立場や信条を尊重して自戒していたが、会食での事があってプロポーズをしようと決意した。
彼女と関係を続けるのにおいて、それを考えてないというのは無責任だと理解していた。
だから関係を深めるということは、すなわちそういう答えだったのだ。
「お嫁さんにしてくれるんですか?私を?」
マリーはまだ現実が信じられないといった様子で、首を傾げて聞いた。
「はい。プロポーズの許可もちゃんともらいましたから」
「え!?実家に行ったんですか!?」
「もちろん」
プロポーズをする時は父親に許可をもらいに行くことは知っていたが、交際の挨拶もしていないのにいきなりプロポーズなんて許されたのだろうか。
マリーは気になって口を開いたが、クライヴにしぃっと黙らされた。
「あとで」
近付く唇がそう囁き、そっと口付けられる。
それは、マリーのファーストキスだった。
唇が離れた瞬間、遠くでわぁっと声が上がり、マリーはびくりと肩を跳ねさせた。
それは祝福の歓声だったが、マリーは真っ赤になってクライヴの影に隠れた。
抱擁も、キスも、プロポーズも、何もかも初めてだったのに、一連を見られていたと思うととても耐えられなかったのだ。
クライヴにしがみついて隠れるマリーは、羞恥で泣きそうになっている。
クライヴはそんなマリーを抱き締め、優しく髪を撫でて慰めた。
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