短篇
續 天狗
貴方となら、用意された安全な囲いも抜け出してみせる。
貴方とだから厳重に囲われた家にも住み続け、やがて来る幸福を待ち望んで居られる。
「天狗と一緒に居るところを見られたら何を言われるかわからないぞ」
長い黒髪、紅の着物。落ち着くその穏やかな声音。
「いいの。それに貴方は天狗じゃないもの」
じりじり焼ける様な夏の日差しが眩しく、その暑さに耐えられず人の来ない小川に足を浸して涼む。
木陰に座りぴしゃぴしゃと水をはねさせて遊ぶ。
貴方は私の隣に座りただ静かに空を見上げたり川を見つめたりしている。
貴方は天狗。
でもそれを違うと言った私に貴方は言う。
「人は空を飛べるのか?」
そうね。
人間は空を飛ぶ事は出来ないけれど、空を飛ぶ夢ぐらいは見られる。
けれど凄い学者様がその夢を叶えるからくりを考えだしたら、人はみな天狗になるでしょ。
「だから貴方はただ、人に出来ない事がたまたま出来た人間なの。みんな貴方が羨ましいだけ」
貴方は小さくふっと吹き出す。
ひんやりとした風が通り抜ける。
「冷えたわね」
立ち上がろうとする手をとり履物を差し出してくれる。
離そうとした腕をとられ胸に抱かれ、貴方の鼓動と風に揺られる木々の音や小川に流れる水の音を感じていた。
貴方の温かさに胸が痛む。
許される事で得る本当の幸せが、互いの真の幸せだと。
貴方は懸命に許されようとしている。
それでも私たちが許されなかった日には、全部置き去りにしたっていい。
貴方さえ在れば家も故郷も手放していい。
「帰ろう」
現実が突き付けられる。
感情も、表情も、言葉も行動の自由も無い抑制されたあの家へ。
それが私が居るべき家だとわかっている。
十分に。
痛い程に。
私の許される場所は貴方しか無い。
貴方が許される場所も私にしか無い。
二人が許される場所は此処には無い。
けれど何処か遠く見知らぬ地へ逃げるわけにはいかない。
貴方が連れ出してくれれば私はその罪を貴方に負わせてしまう。
だから今は許しを得て、逃げずに居られる場所を見つけましょう?
その日まで――
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