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短篇
10
クライヴは変わらぬ態度で接しているのに、マリーは一度意識してしまったら普通にはいられなくなり、ずっとぎこちないまま過ごしていた。
周囲は何も言わず、二人をそっと見守っていた。

マフラーが完成したのは、だいぶあたたかくなってきた頃で、マリーはそれをサルマーにプレゼントした。
お手伝いさんに、サルマーさんにあげるのね。と意外そうに言われたマリーは、どきりと心臓が跳ねた。
暗に、あの人にあげるんじゃなかったのかと言われて動揺したのだ。
だからマリーは小さな声で、羞恥に耐えて答えた。

「今度、町に、お買い物に行く時……。また、毛糸を頼んでみます……」

これから暑くなるというのに。
プレゼントとしては季節外れだが、マリーは今から編むのが楽しみになった。


桟橋に座って川に足を浸すと、気持ちがいい季節になった。
足を動かし、ぴしゃぴしゃと鳴る水音が耳にも心地いい。

桟橋を歩いてくる靴音がしたので振り返ると、クライヴだった。
マリーは「あ」と声をもらしそうになり、何とか堪えた。
膝まで外套をまくり上げていたことに気付き、慌てて膝下まで隠す。

「足、食べられちゃいますよ」
「えっ!?」

マリーはびっくりして足を上げた。
大きな目を更にまんまるくして、クライヴを見上げる。
すましていたクライヴがくすくす笑い出すと、マリーはからかわれたことに気付いた。

「もう……嘘なんですね?」

照れながらなじるように言って、ぷんと顔をそむけてまた川に足を浸す。

「大丈夫ですよ。肉食の魚も動物も住んでませんから」

まだ声が笑っているのを聞いて少し拗ねるが、そんな悪戯が可笑しくてマリーもくすっと笑ってしまった。
それに、普通に会話ができた事が嬉しかったし、まだ彼から話し掛けてくれる事にもほっとしてした。
不自然な態度で傷付けてはいまいか、見込みが無いと悟り諦めてしまったりはしないかと気になっていたのだ。

甘く苦しいものが胸に溢れるけれど、気持ちはとても穏やかだった。
会話が無くても、一緒に時間を過ごしているだけで幸せになれた。
しばらくそうしていて、太陽が雲に隠れると、クライヴが静かに口を開いた。

「もう、行きましょうか。冷えますから」

すっと差し出された手をとる。
それはいわば反射だった。
何も意識はしてないのに、触れた途端、そこから体温と一緒に想いも伝わるようで、マリーは胸から溢れた感情に脳まで支配された。
くらくらと目眩がしそうなほどの幸せに包まれて、マリーはその手を放すのが惜しいと思った。
ちらりと上目で窺ったのは、そんなマリーの思いを見抜いて、クライヴがはしたないと思ってないかという恐れからだった。
けれど、そこには、想像よりも甘い微笑みがあった。
マリーは思わずそれに見惚れ、いつまでもその眼差しの中に居たいと思ってしまった。

気持ちが。
想いが。
伝わってしまったのだと思った。

うっかり見つめあってしまった眼差しから。
惜しむように、ゆっくりと放れていく指先から。
胸から溢れ出る感情が。

言葉も尽くさず。
たったそれだけの出来事で、心が通じ合えたと感じた。


視線を交わす二人の間に、通い合うものを周囲は感じたが、二人がそれ以上の関係でないことをもどかしく思っていた。
気持ちが通じあっているのに、それだけで、いまだに「お嬢様」「クライヴさん」と呼びあって敬語で話し、一定の距離を保っている。
気持ちが通じあった分以前よりは親しい関係だと言えるかもしれないが、それは逆によそよそしく、周囲の目には他人行儀に映った。

事件が起きたのは、マリーが青いマフラーを編み始めた日だった。

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