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短篇

マフラーは短いまま、数日間手を触れられずに放っておかれた。
一日目は部屋にこもって泣き伏して、夕方になって少しりんごをかじった。
二日目はやっと泣き止んだがやはり食欲はなく、三日目にようやく部屋から出て朝食をとった。
それまで話せる状態ではなかったのもあって、ララがマリーを邪魔に思った理由を誰も話せないままだった。
マリーには、そんな形でクライヴの想いを知ってほしくなかったのだ。
皆、クライヴの帰りを待っていた。
ララの動機を説明するなら、彼しかいないと感じていたから。
そしてようやくこの日、クライヴがベースに戻ってきた。

心配で駆け寄りたい気持ちはあったが、罪悪感がそれを押さえつけた。
けれど。
彼がマリーを見てにこやかに微笑んだら。

「お嬢様」

手を上げて呼ばれたら、走らずにいられなかった。
胸元をかばうように両手で押さえ、心配でならないという顔でマリーはじっと彼を見上げた。
あたたかく、甘さを含む視線がマリーに注がれる。
クライヴを出迎えようと集まった面々は、マリーが来ると空気を読んでそっと離れ、二人の様子を見守った。

「ケガは……?」

装備も上着も無い、中の薄いシャツだけの体には、包帯を巻いている様子が見られない。
外から見ると何事もなかったかのように映る。

「大丈夫。もう平気ですよ。まだ抜糸が残ってますけど、もともと傷もそんなに深くなかったですし。大したことありません」

ごめんなさいとも、ありがとうとも違う気がして、マリーは気持ちを表現できずにいた。
ただ、ほっとした。
それだけは明確に感じられた。

「心配をかけてすみませんでした」

苦笑して謝るクライヴに、マリーはぷるぷると首を振った。

「だけど、お嬢様に何もなくてよかった。それが一番です。ほっとしましたよ」

無事に再会できた、安堵。
感情がシンクロしたのを悟り、マリーはふわんとあたたかくなるような、きゅんと切なく締め付けられるような、不思議な感覚を胸におぼえた。

「お嬢様が居ないって聞いた時、どれだけひやっとしたか……」

そして手遅れになるかもしれないと聞いた時、クライヴはゾッとして、夢中で走り出していたのだ。

「ごめんなさい…っ」

可憐な唇で、弱々しくさえずる小鳥。
本当は抱き締めて、間違いなくここに居るんだと確かめたかった。
恐い思いをした彼女を、安心させてやりたかった。
クライヴはその衝動をぐっと抑え、目の前の小鳥を熱く見つめた。

「純粋で優しいのはお嬢様の魅力ですけど、だからって一人で危険な事はしないでください。町へ行く時は、必ず誰かに付き添ってもらうこと」
「はい。気をつけます」

しゅんと項垂れる姿さえ、可愛くて抱き寄せたくなる。
けれどクライヴは、それよりも彼女の痛みを取り除いてやることを優先すべきだとわかっていた。

「お嬢様には、申し訳ないことをしました……」

マリーはきょとんとクライヴを見上げた。

「ララの気持ちには気付いてたんですが、その気はないって察して諦めてくれたと思ってました」

ちょこんと首を傾げたマリーは、今の言葉と、事件の夜に発したララや皆の言葉とを思い出してくっつけた。
それらのピースはうまくはまって、ララの動機を浮き彫りにする。

「こうなるとは思いませんでした。というのは言い訳に過ぎませんが……。とにかく、悪いのは俺ですから」

それじゃあ。
それじゃあ、まるで。

「だから、お嬢様が責任を感じる必要はありませんよ。お嬢様は、何も悪くないんですから、ね?」

ララが自分を敵だと判断したのは勘違いからだろうと思い、マリーは確かめようとしてじっとクライヴを見つめた。
しかしその眼差しに熱い“何か”を感じ、マリーは悟った。
ララがマリーを敵だと認識した理由が、恐らく事実なのだと。
そして赤面したマリーは、自分がそれに気付いた事を彼に気付かれたであろうと思い、顔をそむけた。
どうしていいかわからずにマリーはもじもじと胸元で指を絡ませ、けれど誘われるようにまたちらりと彼を上目で窺う。
その様を可愛らしく思うクライヴの眼差しを受け、マリーは自分の中に彼によって反応する感情がある事を自覚した。

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あきゅろす。
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