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短篇

夜に一人で出歩くのは、男でも自殺行為になる。
そんな危険な町を、マリーは一人で歩いていた。
本来ならば目立つ外套は脱いでくるべきだろうが、夜なので逆に隠れるのに役立つのではと思いそのまま着てきた。
更に誰にも見つかってはいけないという心理から、スカーフを頭に巻いてきたが、後になって後悔しはじめた。
色がピンクなので、あまり意味がないかもしれないと気がついたのだ。
それでもマリーは、ララが彼と待ち合わせた場所へ向かって歩いた。

シャッターや歩道上の屋根の汚れや錆びが目につき、眠っていてさえ寂れた印象は拭えない。
人気の無い夜の顔は更に危険な空気を孕んでいた。

「お〜やぁ?」

背後から声がしたと思う間も無く、見知らぬ男が目の前へ回り込んで立ち塞がる。
男は喜色か揶揄か知れない下卑た笑みを浮かべて、舐める様にマリーを見た。

「これは珍しい!」

芝居がかった口調で大げさに驚いてみせて、顔を覗き込む。
面白いオモチャを見つけて、楽しんでるのがマリーにもわかった。
それはマリーにとって大きな恐怖だった。
気付けば数人の男達に囲まれて、マリーはぎゅっと体を強張らせた。
そんなマリーの反応を男達は笑い、更に恐怖を煽って怯えさせた。


最初に異変に気付いたのは祖母のサルマーだった。
サルマーは一階の自室で眠っていたが、夜中にふと目が覚めて、何となく気になって二階のマリーの部屋まで様子を見に行ったのだ。
マリーの姿が無いことを確認したサルマーは慌てて家中を探したが見つからず、自警団に助けを求めた。

「何処にも居ないって……。夜中ですよ!?」

マリーがこっそり逃げ出したり、無断で抜け出して何処かへ遊びに行くなど考えられないと皆わかっているから、自然と悪い方向へ憶測は向かう。

「マリーは一人で歩いて行ったんだよ、町まで。真っ暗な中を、一人で…!」

クライヴ達は、サルマーが“それ”を視たのだと悟った。
そして彼女が発した言葉に凍りつく。

「早く追いかけておくれ!早くしないと、手遅れになる…!」
「手…遅れ……って……」

その意味に、クライヴはゾッとした。
そして次の瞬間には集まったメンバーに叫んでいた。

「車を出せ!町に向かうぞ!」

その必死な表情を、慌てて出ていく彼らを、物陰からララが見ていた。


男達に絡まれる人影を見つけ、クライヴは誰よりも早く歩道を走った。

「お嬢様!」

叫ぶ声がいくつも重なる。
クライヴは彼女の肩を抱く男をまず蹴り飛ばし、腕を掴んでいる男を殴り飛ばした。
お嬢様に馴れ馴れしく触る男達を見たら、取り返しのつかない事をしようと企む男達を見たら、頭に血がのぼって手も足も出ていた。
殴りかかってくる男達にクライヴはそのままメンバーと数人で応戦し、その間にシリルが中心となって男達からマリーを遠ざける。

「お嬢様はこちらへ」

何故助けに来てくれたのか、何処に居るかがどうしてわかったのか、マリーは訳がわからないままシリル達に連れられて家へ戻った。
戻ると待機していた他の自警団メンバーと共に女性陣まで集まっていた。
お嬢様だお嬢様だと安堵の声が広がる中、サルマーが駆け寄ってマリーを抱き締めた。

「ああ、マリー!よかった!」
「危ないところでした」

シリルの言葉を聞いたサルマーは息を呑んだ。

「ありがとう。本当に、ありがとう……」

そのやり取りを見て、自分に起きた出来事を振り返ってやっと、じわじわと危なかったのだと実感してきた。
そしてまだ戸惑いながらも、心配をかけたことを謝った。

「ごめんなさい、おばあちゃん。ごめんなさい皆さん。ごめんなさい」
「どうして夜中に町になんか行ったんですか。それも一人でなんて……」

シリルに問い詰められてもマリーは答えられなかった。

「お嬢様」

マリーが答えられずにいると、人の壁を割って女性陣が進み出た。
一人の若い女性の手がララの胸ぐらを掴み、皆の前に放り出した。

「みんなこの子のせいよ!」

ララはひざまずき、ぶすっとむくれている。
マリーはそれも当然だと思った。
ナイショだと言って頼まれたのに、失敗した挙げ句町へ行ったのが皆にバレて迷惑をかけてしまったのだ。

「ちっ、違うの…!ララを責めないで?」

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