短篇
6
跡も残らずすっかり治って、晴れて動けるようになったので、浮かれて外に出た。
が。出たところに大きなクモがぶら下がっていて、反射的に叫んで逃げ出した。
「きゃあ――!いやぁっ!」
滅多に大声を出さないし、ケガをした時だって咄嗟に悲鳴を飲んだのに、今のマリーにそんな余裕は無かった。
それもあって、二メートルほど離れて振り返った時に見つけられず、更にパニックになる。
驚いて逃げたから体にくっついてしまったかもしれないと思うと恐くて泣けてくる。
「やだやだやだぁ!」
「お嬢様!?」
ベースから何人か駆けつけてきたのはマリーにもわかったが、それが誰か考える間も無く助けを求めた。
「大きいクモがぁ!居たのっ!ついてない!?」
外套をばさばさして、くるくる回って見てもらう。
「ついてません。いませんよ!?」
「やだぁ!何処にいったか見て!お願いっ、本当についてない!?」
半べそをかくマリーを落ち着かせるために辺りを探した面々は、それを見つけて報告する。
「居ました!下に落ちてます」
「ひゃあぁっ」
ついてないのはよかったが、居ると聞いたらゾッとして悲鳴を上げた。
思わず誰かを盾にして背中に隠れる。
「踏まないで!潰さないでくださいね!?何処かへやってくれるだけで構いませんから!」
黒い服をがっちり掴んだ手が震えている。
「大丈夫ですよ、お嬢様。向こうへ追い払ってくれましたから。もう襲ってきたりしません」
冗談まじりに言ってリラックスさせようとしてくれる気遣いにほっとしてマリーが視線を上げると、しがみついていたのはクライヴだった。
「……!ごめんなさいっ」
ぱっと手を放し、焦って二、三歩距離をとる。
せっかくケガをした時に騒がなかったのを褒めてくれて、上品だなんて言ってもらえたのに、取り乱したところを見られてしまい恥ずかしくなった。
熱くなる頬を押さえてうつむく。
「みっともないところを見られてしまいました……」
「いえ、みっともないだなんて。年相応の女の子の反応ですよ」
クライヴのフォローに更に応援が加わる。
「いやいや!他の子だったらぎゃあぎゃあ騒いで早く殺せ!って言うでしょう」
「そうだよなぁ。さすが“お嬢様”らしい。恥じらうところもまた……」
言われるほどに照れ臭く、いたたまれなくなって、途中でぺこんと頭を下げた。
「あの、ありがとうございましたっ」
失礼だとは思ったが、羞恥に耐えられなくなって逃げ出した。
カマル家の二階には、一室、予言のための部屋がある。
集中するために余分なものが無いだけなのだが、あちらこちらに燭台が置いてあった。
そして部屋の最奥には、一段高くなった場所があって、そこは天蓋のベールで囲われていた。
未来を視る際は予言者がそこに座り、燭台の灯りの中で視たものを言葉にする。
立会人がそれを覚え、または書き取っていく。
サルマーは長く一人だったので、古株のお手伝いさんが立会人をつとめていた。
週に一度、町へ買い物へ出る時は、自警団のメンバーが数人付き添った。
マリーはいつも留守番で、欲しい物はあるかと聞かれても首を振っていた。
しかしこの日はぱちんと手を叩いて、お願いをした。
「毛糸。毛糸がいいです」
「次は、編み物かい?」
おばあちゃんに頷いて、マリーは嬉しそうに微笑んだ。
「最近はあまりやってなかったけど、久し振りにやってみようと思って。編み棒も持ってきてあるし」
こんなのが欲しいと頼んでいる側で、聞いていたクライヴはくすりと笑った。
本当にお嬢様らしいと思ったのだ。
あいた時間に少しずつ編んで、赤いマフラーが二十センチほどになった時のことだ。
女性陣の中では一番年が近いララに、ナイショで相談があると言われたのだ。
「実は好きな人が居て……。彼が、一緒になろうって言ってくれてるんですけど……」
恋愛相談ならする相手を誤っている。
そう言おうと口を開いたが、続く言葉にマリーは言葉を失った。
「でも、彼の両親に反対されてるんです。それで彼が今夜、駆け落ちする気で町まで来るって言うんです」
「駆け落ち……」
「私は、一緒になるなら彼の両親にも祝福されてからがいいって思ってるんですけど」
展開についていけず戸惑うばかりだが、こんな話を聞かされてお嬢様しか居ないと言われたら、マリーはその頼みを断りきれなかった。
自分で行って話し合った方がいいと言ったのだが、結局ララの思いを伝えに行くことになった。
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