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短篇

マリーは、家を出てすぐ横のベンチに腰掛けて、ハンカチに刺繍をしていた。
すると桟橋の修理を忘れていた人がやって来て謝られたが、逆に申し訳なくなって、自分の不注意だからとマリーも頭を下げた。
予言者と言われてもいまだそんな実感も自覚も無く、仕事をすれば迷惑をかける。
それが情けなかった。

「ケガの具合はどうですか?」

顔を上げると、クライヴがそこに居た。

「あ、クライヴさん。こんにちは」
「こんにちは」

クライヴは隣に腰掛けるのではなく、正面の少し離れたところで片膝をついて座った。

「歩くと、まだちょっと痛みます。痛みが引いても、かさぶたが取れて綺麗になるまでは動いちゃダメだって、おばあちゃんが……」

クライヴはにこりと笑って、その方がいいと頷いた。

「無理に動いて何かあったら大変ですから」
「はい」

マリーはこくりと頷いて、膝の上の刺繍へ視線を下ろした。
その顔を見つめていたクライヴは、思わず口に出してたずねていた。

「大丈夫ですか?」

マリーが何か、落ち込んでいるように見えた。
ことりと首を傾げたマリーは、大きな目でクライヴを見つめ返した。
その様がとても愛らしくて、クライヴは案の定、また胸が何かでいっぱいになるような苦しさをおぼえた。

「やっぱり、仕方なかったとはいえ……男に触られるのはいけなかったですか?」

マリーを抱えた時の衝撃にばかり気をとられていたが、マリーが傷付いていたかもしれないと思うと切なくなった。
マリーは驚いて首を振ったが、クライヴは本当に?ともう一度たずねた。

「本当に……気にしてません。おばあちゃんに言われて男性に触れることを避けてきましたけど、それは簡単に浮わついた気持ちを持たないようにという戒めのようなものですから。絶対にいけないってことじゃありませんし」

クライヴが気にしないように懸命に説明してくれている気持ちは嬉しかったが、男としてはチクチクと気になる部分があった。
お姫様抱っこをされて何とも思わなかったのか?とか、本当にただのアクシデントで、不可抗力だったと思ってそうだな……とか。
触れるよりも簡単に浮わついた気持ちを持たないという戒めの方がよりハードルが高いじゃないか、とか。

苦笑するクライヴを見たマリーはしゅんとして、ぽつぽつと話しだした。

「そんなに、気をつかわないでください。本当に……」
「お嬢様……」

マリーが拳をきゅっと握り締めたのを見て、クライヴは心配で口を開いたが、言葉が見つからなかった。

「次代の予言者なんて言われても、未来を視るってどういうことかわからないし……。仕事をしてもこうして皆さんに迷惑をかけるし……」

自身の運命を受け入れ、毎日ひたむきに働いているように見えたマリーが、そんな不安を抱えていたと誰が予想したろう。

「少しもお役に立ててないのに、皆さんが親切にしてくださることにとても感謝してるんです。だからどうか、気をつかわないで……?私にはもう十分。十分ですから……」
「そんなことない」

消えてしまいそうなほど弱々しいマリーに、クライヴは力強く言った。

「お嬢様は頑張ってますよ。さっきだって、シリルとそう話してたところです。ケガをしても騒がなかった。手当てをした時だって、我慢したんでしょう?」
「でも……」
「うちのヤツらだって、ちっちゃなケガですぐイテェイテェって大げさに騒ぎますよ」

クライヴがそう笑って言うと、マリーはやっと少しだけ笑った。

「それに、お嬢様は皆に敬語を使って丁寧に接してくれて……。上品で、慎ましい。その存在にとても癒されてるんです」

マリーは慣れない賛辞に照れた。

「気負うことはないですよ。役に立つとか立たないとか、考えなくてもいい。お嬢様はそのままで、十分です」

その言葉のお蔭で強張ったものが解れて、癒されていくのがわかった。

「ありがとう。ありがとう……」

不安を口にできたのは、この頼れる大きな器があったからだと思う。
やはり、リーダーと慕われるだけある。
それから、そこに座って刺繍をするのが日課のようになった。
一度洗濯物の取り込みをしたが、傷が擦れた拍子にかさぶたが剥けて痛い思いをしたので、「ほらみなさい」と叱られておとなしくすることにしたのだ。
座っていると自警団の皆が気にしてくれて、普段よりもずっと話す機会が多くなった。

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あきゅろす。
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