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短篇

「大丈夫ですか?歩けますか?」

落ちる時に擦ったのか、内ももの広い範囲がずきずきと痛む。
痛みと恐怖で泣きそうなところに安堵が加わり、うるっと視界が滲む。

マリーがくすんと鼻を鳴らすと、クライヴは何も言わずにマリーを抱えあげた。
横抱きにされたマリーは首に腕を巻きつかせて抱きついたりせず、遠慮がちに肩と服を掴んだ。
大きな目からぽろぽろ涙をこぼしているのに、マリーはちっとも声を上げない。
ひくひくとしゃくりあげ、静かにすすり泣く様はか弱い小鳥の様で、小刻みに震える華奢な体を抱いているとクライヴの庇護欲を掻き立てられた。

「ごめんなさい……」

消えそうに、小鳥がさえずる。
クライヴがちらと目をやると、長い睫毛に涙のしずくが光っていた。
謝る必要などないのだと言ってやりたかったが、クライヴの胸をぐっと何かが塞いで言葉にするのを許さなかった。
それはきっと、睫毛を濡らすしずくをはらって、優しく頬を拭ってやりたいという衝動と関係があるのだろう。

傷にさわらないよう慎重に下ろすと、可憐な口でまた小鳥がさえずった。

「……ありがとう」

小鳥は女性陣の手に渡ってしまい、何故か残念な気持ちがクライヴの腕の中に残った。


マリーは傷が治るまで、仕事はしばらく休みになった。
クライヴも彼女の傷がどの程度のものか、跡は残ったりしないのか気になっていたが、仲間達のように手当てが終わるなりどうなのかと聞きにはいけなかった。
何となくまたあの胸が塞がる思いをするような気がして、それを誰かに感づかれたくなかったのだ。

「かわいそうに。落ちた時に木で擦って、内ももがザーッと傷になってたってさ」

シリルから聞いて、クライヴは想像して顔をしかめた。
それを煽るかのように、シリルは細かく傷の様子をクライヴに説明して聞かせた。

「結構広い範囲らしい。薄皮もめくれたって。血も出てたって言っ」
「もういい、もういい!」

クライヴは聞いてられなくて右手を振って黙らせた。
ふっと笑ったシリルが面白がっているのはクライヴも気付いている。
何を面白がってるのかといえば、他でもない。
面倒見がよくて責任感がある、皆に慕われるリーダーが、自分が助けた人の傷の具合を……それもサルマーさんの孫であるお嬢様の具合を、真っ先に気にしない訳がないのだ。
クライヴとはそういう人だ。
わざと知らん振りをして、誰かが聞いてきた話を「そういえば」と思い出したような口振りで聞こうとするなんて“らしく”ない。
らしくない事をしてる。それをクライヴ自身自覚してるから、じわじわと意地悪く遊ぶ友人に強く出られない。

「トゲが刺さってたらしくてね……ああ、大丈夫。そんな大げさなものじゃないって。小さなヤツさ」

トゲと聞いてクライヴがハッとして見たから、シリルは安心させるために両手を広げ少し軽い調子で言った。
気にしてない振りをして、やっぱり心配だったんじゃないか。と、シリルは内心でこっそり笑った。

「そのままにしておくわけにいかないだろ?それで抜いたって言うんだけど……。お嬢様、手当ての時もずっと叫んだり暴れたりしなかったってさ」

偉いよ。と、シリルは本心からそう言った。
クライヴは、腕の中で小鳥の様に震えて泣いていた少女を思い出した。

「歯を食い縛って頑張ってたって。あんなに細くて小さくて、おとなしい女の子なのに。辛抱強い」

お嬢様がそれだけ頑張ったと聞いたら、クライヴは会って話したくなった。
らしくない事をしている自分が情けなくなったのもあるし、頑張ったお嬢様を讃えたいというのもあるし。
何より、会って元気な顔を見たかった。

クライヴがベースから出ていくと、シリルは一人でこっそりと嬉しそうに笑みを浮かべた。
変だと感じたから探ってみたところ、それが確信に変わったのだ。
けれどシリルは、信頼すべきリーダーであり友人である彼を、その確信を使ってからかうほど意地が悪くはない。
あたたかい気持ちで見守るだけだ。

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あきゅろす。
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