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短篇

さびれた町は人が少なく、治安が悪化して危ないと聞く。
女性は特に一人で歩くのは危険だ。
町を抜け、森の中を抜けて行くとぽつぽつ家が見えてくる。
祖母はそこを更に行った、川沿いの家に住んでいた。
大きな荷物を引きずって細い道を歩いていくと、そこと思われる場所についた。

はじめは、小さな学校かと思った。
白い建物がそこにあって、若い男性達が出入りしている。
だが異様なのはその格好だ。
皆一様に黒ずくめで、特殊部隊の様な装備を身につけている。
学校ではなく、軍人か警察の施設なのかもしれない。

祖母は見あたらないし途方に暮れていると、一人の男性が気付いて近寄ってきた。
何の用だと問い詰められるのではと身構え、追い返されるのではと怯えた。

「どうしました?」

思ったより当りがいいが、物騒な格好と危険な雰囲気に臆して言葉がうまく出てこない。

「あの……私……」

まごまごしていたせいで、異変に気がついた人がまた来てしまった。

「どうした?」
「いや、女の子が……」

彼らはとても親切に、どうしてここへ来たのか。何かあったのかと聞いてくれた。

「あ、あの……。おばあちゃん、居ますか……?」

勇気を出して聞くと、彼らは顔を見合わせた。

「おばあちゃん?」
「迷子か?」

間違ったのかもしれない。
もう少し歩いて先へ行ってみようと決め、失礼しましたと謝ろうした。その時だった。

「何してる」
「シリルさん」

シリルと呼ばれた彼は、武装した彼らの中において、一人知的な印象だった。
彼らの立ち居振舞いなどを見て、シリルという男性が上官のような立場に見えた。
事情を聞いた彼の視線がマリーへ向けられると、彼はハッとして声を上げた。

「離れろ!」

マリーはその声にもびっくりしたが、自分が危険人物と勘違いされたのかという事にも戸惑っていた。
離れろと言われた方も意味がわかっておらず、いいから!と言われてやっと二、三歩下がった。

「失礼ですが、お名前をうかがっても?」

まだ落ち着かない胸を押さえ、恐る恐る名乗る。

「……マリー・カマルです」

口を開けたまま、数拍。

「えぇっ!?」
「おばあちゃんってサルマーさんだったのか!」

シリルは貴人か誰かにするように、恭しく頭を下げた。

「申し訳ない。今日来るとわかれば、お嬢様をお迎えにあがったのに」

丁寧な扱いにマリーは目を丸くした。
荷物を持って運んでくれたり、おばあちゃんを呼びに走ってくれるのに礼を言うので精一杯だった。

「どうぞ。ご自宅はあちらです」

川沿いで土地が低くなってるせいで、奥へ行くと外からは土手になって見えなかった家があった。
二階建ての、立派な家だ。
そこからは川が見下ろせた。
川の向こうには森が広がっている。

「マリー!」

会うのは何年振りってわけじゃないのに、駆け寄ってくるおばあちゃんの顔を見たら涙が滲んだ。

「おばあちゃん!」

マリーも思わず駆け寄った。

「よく来たね。よく来てくれた」

そう言っておばあちゃんは背中をさすった後、そっと体を放した。
そしてマリーは、今の気持ちをありのまま語った。

「予言とか、力だとか……。正直、まだよくわからないけど……。でも、私、おばあちゃんと運命を信じる」

おばあちゃんは何度も頷いた。

「選ばれたことには、意味があるのよね?」

自惚れではない。
妹でも弟でもなく、真面目だけしか取り柄のない自分なんかが選ばれたのだから。
わざわざ運命が選んだのだから、それには意味があるのだと思うのだ。

「これが神のご意志なら、私はそれに従うわ」


カマル家がイスラム教徒でないのは、移民としてアメリカへやって来た先祖に起因する。
その先祖には、未来をみる力があった。
予言者として知られるようになったが、やがて人々を惑わす悪しき呪術者と言われるようになった。
それを機に、先祖は宗教も故国も捨てた。
宗教は捨てたが、信仰心は捨てなかった。

神は居る。
そして力を授けてくれる。
先祖から代々伝わるそうした思想、宗教観は、マリーにも受け継がれている。

先祖以来、カマル家には予言者が誕生することがあった。
それが祖母のサルマーであり、マリーだった。
マリーはカマル家の次代の予言者として、祖母のもとへ導かれたのだ。
マリーには力の自覚はなかったが、信じていた。
運命を。神を。

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あきゅろす。
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