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短篇

イスラム系アメリカ人のマリー・カマルは、日常において、特に自分がイスラム系だと実感することなく生きてきた。
差別も無かったし、何より大きいのは、マリーの家がイスラム教徒でなかった事だろう。
宗教の違いで人種の違いを意識する機会がなかったのだ。
全身を覆う黒い外套や、頭髪を隠すスカーフは、自分のルーツである国の民族衣装として持っている。
肌を隠す行為や衣装は宗教上の決まりというより、一つの習俗としての認識だった。
なので、マリーが肌の露出を好まないのは性格によるところが大きい。
事実、明るく華やかな妹はメイクやオシャレを楽しんでいる。

マリーは可愛らしい少女であったが、控えめで落ち着いた性格のせいか地味に見られがちだった。
口数は多くなく、表情も豊かとはいえない。
メイクはせず、オシャレにも興味がない。
いつも地味な色みの、露出度の低い服ばかり。
けれど理知的で大人びた雰囲気を持っていたし、見た目同様、そこが神秘的な魅力になっている。

肌は薄く茶色がかって、ゆるやかに波うつ黒髪はさらりと背に流れる。
ふっさりと長い睫毛が縁取るくりっと大きな二重の目には、黒曜石の様な瞳が潤ってきらきらと輝いている。
細い鼻梁がすっと通り、薄い唇は慎ましく結ばれている。
静淑な性格は動作にも表れ、上品で優美にうつった。
しかしマリーの周りには、それを評価する男性がいなかった。

十八をむかえて両親に呼ばれるまで、マリーは地味で平凡な人生を送ってきた。
気取らず、質素に。
ところが、運命は動き出す。

マリーは運命を受け入れ、大学へ行くのを諦めた。
それはショックだったけれど、マリーにとって運命の方が大事だと漠然と感じたので、流されるままに従ったのだ。

両親はマリーに言ったように、妹と弟の前でも言った。

「話があるの」
「よく聞きなさい」

妹はネイルを気にしながら、今度の旅行の行き先が決まったのかと気だるげに聞いた。

「その旅行に、マリーが行けなくなった」

あんぐりと口を開け、信じられないという顔で妹はマリーを見た。
決まった事よ。と母が言うと、妹はひきつった笑みで詰め寄った。

「何!?何かしたの?マリーは真面目が取り柄でしょ?まさか、自分から残るって言ったんじゃないわよね?」

一つ違いの妹ラナーは、地味でおとなしく真面目しか取り柄のない姉マリーを嘲笑う傾向があった。
けれどマリーにはそれが素直じゃない彼女なりの気遣いだと思えて、強く反論した事はなかった。
もう要らないから使ったら?と言って色つきリップをくれた時、似合うんだからそれくらいすればいいのに。と、言ってくれた。
ラナーは何だかんだマリーを貶して嫌っているように見えて、優しいのだとわかっていたから。

「マリーはおばあちゃんのところへ行くの」
「は!?……あきれた。いくらおばあちゃん子だからって……。家族旅行まで行かないことないじゃん!」

今も、ラナーはマリーを心配していた。

「違うんだ、ラナー。マリーは、おばあちゃんのところに住むことになったんだ」
「あまり会えなくはなるけど、一生会えないわけじゃないんだから」

両親の真剣な様子を受け、ラナーはマリーに怒鳴った。

「大学は!?おばあちゃんのとこからなんて通えるわけないじゃん!大学どころか、なんっにも無いド田舎だよ!?大学に入ったら、少しはオシャレしてみるんじゃなかったの!?」

大学が楽しみだとこぼしたマリーに、ラナーは意地悪く「大学に行ってもまだ地味〜な感じで過ごす気?」と言った。
マリーが少しはそういう事にも興味を持ってみようと思うと言うと、ラナーは「私が持ってるので着れそうなのがあったら、あげてもいいけど」と言ったのだ。
意地悪く見せていたけれど、マリーには彼女が少し嬉しそうに見えた。
その時マリーは、もしかしたらラナーはずっと恋やオシャレの話で盛り上がる仲のいい姉妹に憧れていたんじゃないかと思った。
これからはそういう姉妹になれると思ったのに、結局叶えてあげられなかったのを、マリーは申し訳なく思った。

「大学は……諦める……」

意味がわかんない!と顔を隠すようにうつむいたラナーは、声をもらさずに泣いていた。
それまで呆然としていた弟は、何故おばあちゃんのところへ行くのかと冷静にたずねた。

運命だ。と、両親は言った。
これは予言なのだと。

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