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短篇

どうして。
何故ここに?と、声無き声で問い掛ける。
目が合うと見惚れてしまい、甘い苦しみが胸に広がって、身体中を支配する。

「こんにちは。何してるの?」

会った時と同じように、彼はニッと笑って言った。
そこにガラス戸が無いかのように、声が響いて胸に届く。

「何か言わないと、わからないよ?」

後退ると、彼はすっとガラス戸を抜けてそばへ来た。
ハッと、目を見開く。

「そう。俺は、人間じゃない」

人間だと思っていた。
だから、姿が見える事に驚いたのだ。

「君が空を飛んできて、地上に舞い降りるのを見てた。とても綺麗で、可愛らしくて……見惚れた」

最初から、知られていたのだ。
人間に見えるはずがないと知りながら、何故、人間の振りができてると思い込んだのだろう。
愚かだ。

「だから俺はいつものように、人間の振りをして君に近付いた」

せっかくの彼の言葉の、その端々に傷を受ける。

「人を魅了して遊ぶ、愚かで、低俗な、醜悪な妖精だって、君のようなものと遊んでみたい。高貴な風の精霊様と」

彼が意地悪に笑うのも当然だ。
私はそれだけ無知で、愚かだったのだから。

「力を使えば、どんな人間だって落ちた。俺が近付けば見惚れたし、囁けば自由にできた。だから高貴な精霊ならどうなってくれるんだろうって。遊び心だ」

まんまと遊ばれた。
騙されたのだ。
彼が近付けば見惚れ、その声に胸を苦しめられた。

「でも、君は効かなかったね。一緒に居ようって言ったのに。帰ってしまった」

だって、私には役目がある。
この家を守護する役目が。

「そんな事は初めてだよ。離れてから思ったんだ。忘れられなくて……。君は……、君こそが運命の相手じゃな」
「効いてた…!」

こんなの、運命なんかじゃない。

「あなたに見つめられるとどきどきしたし、あなたの声にも……。触れられたらもっと…!騙されてた!あなたに!」
「本当?本当に?」

彼に嬉しそうな笑みが浮かんで、滲んだ涙がいよいよ溢れて止まらない。

「近付かないで!」

運命だなんて言ったくせに、力が効いてるとわかったら、やっぱり嬉しいんじゃない。
効かない言い訳を見つけて、ここへもまたそれをネタに騙しに来たのよ。

「帰って…っ」
「違う、聞いて」
「いや…っ。ぃやあ…!」

手をとられてしまうと、やっぱり指先から甘く広がって、自分にほとほと呆れてしまう。

「違う。聞いたんだよ。君が忘れられなくて、俺は仲間に話した。そうしたら何て言ったと思う?」

顔を覗きこまれると、信じてしまいそうになる。

「『俺達低俗なものが、高貴な精霊様に及ばなくて当然だ』と。そう言った」

嘘だ。嘘だ。
またこうして騙してるのよ。

「君はこんな立派な家を守護するくらい、とっても高貴な精霊だろう?俺なんかが敵うわけがない」

だけど。だけど。

「君は俺にドキドキしたって言ったね。それは偽りなんかじゃない。本当だよ。だろ?信じられないなら、他に君と同じような精霊は居ない?目の前で試してあげるよ。絶対に相手にされないさ」
「いや!」

彼の悲しげな顔にも、いちいち翻弄されてしまう。

「目の前で、他の相手を試すなんてしないで…っ」

そんな事をされたら、力が効かなくたって苦しい。

「どうして?ねぇ、どうして嫌なの?言ってみて」

そっと囁き、請う。

「だって……」

だって、私は。
もう騙されていても構わない。

「あなたが恋しいんだもの。とっても恋しい……」

指先にちゅっと口付けられて、またふわんと甘さに包まれる。

「何て素敵な告白だ……。君にはやっぱり敵わない」

そうして彼は、そっと優しく抱き締めてくれた。

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