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短篇

石畳にぎっしりと建つ四角の中でも、新しい方に入るという大邸宅に“それ”は居る。
貿易で富を築いたこの貴族の家で代々祀られてきた“それ”は、貿易には欠かせぬ船の推進力となる風を信仰したものだ。
この一族は、風の精霊を祀っている。

擬人化した精霊を描いた絵画はあれど、実体の無い風を祀るので、姿形は誰にもわからない。
御神体は風車を象った四枚の羽で、この屋敷に安置されている。
その横には楕円形の鏡がある。
それは何代も前の夫人が使用していた化粧鏡で、ある日夫人が鏡を覗いたら精霊様が映りこんだという。
他のどの鏡でも水鏡などでも一切起こらなかったが、その鏡を覗いた時だけあらわれたので、以後、神聖な物として大事に受け継がれるようになった。

絵画には葉っぱで局部を隠しただけの豊満な裸体をさらした女性として描かれている。
しかし、ここに居るのは同じ金髪の女性でも成熟した女性でなく、少女と言うべき、幼さの残る女の子であった。
ふんわりと背に流れる金髪。
輝くような白い肌。桃色の口唇。
くりっとまるい大きな目に、ふっさりとした長い睫毛。虹彩は緑。
薄く華奢な肢体には、フリルのついた桃色のワンピースを纏っていて、ふくらんだ裾はいつも膝のあたりでふわふわと風になびいている。

少女精霊は風にとけ、いつも半透明の姿で浮いている。
はっきりとあらわれることもできるのだが、どっちにしろ人間に見えないのだし、それならば楽な方がいいのだ。

人間でいうとぴょんと跳んだくらいの高さを、ふわふわと飛んで移動する。
実体が無いので物にぶつかるという恐怖心は無く、平気で壁をすり抜ける。
なので当然外へも自由に出られるのだが、少女はこの家の守護精霊なので大概は屋敷にとどまっている。

ホールへ飛んでいって帰宅した当主を出迎える。
少女精霊は、壮年の紳士の穏やかな気質を気に入っていた。
人を叱る時も感情に溺れず、その人の身になるように導き、さとすのだ。
当主は忙しい人で、家でも仕事をすることもあったが、家族も大事にしていた。
経営者としても、父親としても、立派な人だと精霊は思っていた。
人間のことをよく知らないと言われればそれまでだが、肉体を持たない純粋な存在である精霊の主観だという事実が重要なのだ。

少女精霊は当主が帰るといつもそばへ飛んでいって、敬意をはらって「お帰りなさい」と挨拶をするのだが、この日はそばへ寄る事もできなかった。
ピリピリした空気をまとい、険しい顔つきで足早に通り過ぎるのを見守るだけだった。
怯えながらも心配なので、距離を保ち仕事部屋までついていったが、怒声にびっくりしてぴゅーっと飛んで逃げてしまった。

誰かの反応を見て当主のご機嫌を探ろうにも、気を使って誰も部屋に近付かず様子がわからなかったので、静かになってしばらくしてから見に行った。
壁でも天井でも同じなのだが、そこは敬意をはらってちゃんとドアからひょこっと頭を出す。
あら?と、細い指先を口にあてる。
当主の姿がなかったのだ。

あちこち見て回るのだが、当主はどの部屋にも居なかった。
そうして最後に、御神体が祀られている部屋へやって来た。
上階、端の広間。
風が抜けるように両側に窓が続く大きな部屋で、その奥に御神体と鏡が安置されている。
少女精霊はふわふわとそこまで向かって、部屋を見渡すべくひゅるりと中空へ飛んだ。
と。長いテーブルの向こうに転がるものがあった。
少女精霊は恐怖に震え、それでもしっかり確認せねばとゆっくりと見える角度へ移動した。

うつぶせに倒れている彼の背に赤黒く滲むシミがあり、体の下からカーペットへ流れ出るものが血溜まりをつくっていた。

「きゃああああぁーーーー!」

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