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短篇
16
これ以上近付くにはもう膝に座るしかないというほどぴったりと寄り添った上に、逃げられないようがっちりと腰に回した腕で抱き寄せられている。

「フルール。君は自分をちっともいい子だとは思えないみたいだけど、僕は知ってる。噂好きでお喋りな女性陣に囲まれながら、噂話や悪口にひとつも興味を示さず、一人だけさびしそうにしていたのを。逃げる様に空をぼんやり眺めていた」
「それは……。もう、言わないでください」

本当のことだけど、楽しい記憶ではないのであまり思い出したくない。
けれどルシアンは頬を撫でながら、嬉しそうに語る。

「いいや、言わせて。それが気にかかっていた僕が何を考えているのか知りたくてしつこく聞いたら、君は真っ赤な顔をして言った。“妖精が人間の悪口をおっきな袋で回収してくれてる空想をしてるの”ってね」

熱が集まる顔は、その時と同じように赤くなっているだろう。
ルシアンはそれにふっと笑って、指先でくすぐる様に頬を撫でる。

「僕はその時に、この子はなんていい子で、なんて可愛い子だろう!って思ったんだよ。きっと心が綺麗な子だと確信した。そして、僕はこんな子と生きていきたいと思った」

瞠目すると、ルシアンの笑みが濃くなる。

「僕がしつこくつきまとうことで君は女性陣につらくあたられることもあったのに、僕の前で迷惑そうな顔をしなかった。わかってる?僕はそんな君につけこんで、やっと心を手に入れた」
「つけこんだなんて……」
「そうだよ。だから僕はいつも、君に目をつけた男が君をさらいに来やしないかと心配してる。君はうっかり騙されてしまいそうだからね」

そんなことないと、ぶんぶん首を振る。
するとルシアンがくすくす笑ったので、今のはからかわれただけたのか?と首をかしげる。
だけどルシアン以外、あの深い森に囲まれた城に辿り着けないだろう。

「なーに?」

何を問われたかわからず首をかしげると、今笑ったでしょう?と言われたが、答えるのを躊躇ってしまう。
だが、重ねて何だと問われてしぶしぶ口を開く。
笑わないでとお願いしながら、きっと笑われるだろうと思うと赤くなる。

「……私の心には、お城があるの。古くて暗いお城。そこは何処までも続く広大な森に囲まれていて、きっと誰も私のお城までは来られないわ。私はずっと一人で、暗いお城で寝起きしてたの。だけど、夜になると毎日のようにあなたが来てくれた。私は眠っていて返事ができなかったけど、ずっとあなたの声は聞こえてたの。あの城に辿り着くことができるのも、私を現実に呼び戻すことができるのも、きっとあなたしか居ない。他の誰にも私をさらうことはできないの」
「よかった。……よかった。君の心に入れる男は僕だけだ」

額へのキスで止めているのは、彼なりにさすがにそれ以上はまずいという意識があるのだろう。
優しく唇が額に触れ、深く、静かに、囁く。

「おかえり、フルール」

その声は心に染み込んで、じわりと視界を潤ませた。
今は二人きりかもしれないけれど、これからはあの城にも家族が増えていくのだろう。
そうすれば雲は晴れ、城内は光で満ちるかもしれない。
それもすべては彼のお蔭だ。
ルシアンが居るから生きている。
ルシアンが居るなら生きていける。

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あきゅろす。
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