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短篇
14
少し目眩がしてふらついただけなのに、ルシアンは心配してフルールを抱き上げて屋敷まで運んでいった。

「本当に、平気だから。ルシアン」

楽しくて歩きすぎたからちょっと疲れただけだと言ったのに、ルシアンは聞き入れなかった。

「いいや、僕が心配なんだ。これくらいさせてほしい」

寝椅子に下ろされ、横になるかという問いに首を振る。
飲み物は?という問いには頷くと、横に座ったルシアンがティーカップを口元まで運び飲ませてくれようとする。
戸惑いを察したルシアンが遠慮する間も与えずティーカップを傾けるから、こくりと甘い蜂蜜入りの紅茶を嚥下する。

「ん。……ありがとう」

手を添えてもう十分だと示すとカップを置いたが、その手は真っ直ぐにフルールの頬へ触れる。
それは愛情に満ちた仕草で、フルールの方も心地よくてつい自分から甘えて頬を寄せてしまう。
視線を感じて照れくさくなり、ぱちぱちと瞬きをしてつっとヘーゼルの目をそらす。

「あぁ、フルール。君が見たがっている妖精が実際に居るとするなら、それは君の様な姿をしているだろうね。こんなに人を魅了するのだから。でもそれなら、僕は簡単に妖精にさらわれてしまうな」

冗談でも揶揄でもなく、真面目に言っているから尚更反応に困る。

「ルシアン……」
「ダメだよ、フルール。君は賛美を受けるべきだ。それだけの魅力を持っているのだからね。嫌われ者だなんて卑下しちゃいけない」

やめてほしいと暗に訴えても、ルシアンにはやめるつもりはないらしい。

「君の清らかな心が、可憐で麗しい美貌をより生き生きと輝かせるんだからね」
「はぁ〜、もう。そのへんにしたら?親の前でデレデレと。まったく、聞いてられないんですけど」

フルールに注がれる甘やかな眼差しと違い、呆れる妹へと投げられる視線は冷ややかなものだ。

「僕は人に聞かせるために言ってないからね。愛するフルールのためだけに言葉を尽くす。聞いてられないんなら聞かなくたって構わないんだよ?」
「はいはい、お邪魔でした。彼女のこととなるとほんっと必死だね」

両手を上げて降参のポーズをとり、もう口出ししませんよと示した妹に満足し、ルシアンは微笑む。

「ル、ルシアン」

ご両親の前で手ずからお茶を飲ませてくれたり、照れもせず愛を囁くのを聞いてご家族は皆呆れているだろうに、見ない振りをしてくれている。
こんな状況で二人の時間を楽しめるわけもない。

「フルール。僕が両親に君を認めてもらうためにわざとこんな態度をとってると思ってるのか?何も特別なことはしてないし、言ってないのに?いつも通りに振る舞ってるだけじゃないか」
「そうだけど……でも……」

家族を気にして窺うのを、ルシアンは両手で頬を挟み、固定した視界を支配することで阻んだ。

「わかったよ。困った顔も可愛らしいけど、僕は君の笑顔を見たいからね。そうだ。今日はまだ君に花を贈ってなかったね。薔薇を摘んできてあげよう」
「あなたが行くの?」

使用人に摘んでこさせるものだと思ったので目を丸くすると、ルシアンはにっこりと甘く微笑んだ。

「君と離れてる間も、君をそばで見守れる様に、僕が自分の手で摘みたいんだ」
「もしかして、今までのも……?」

肯定の微笑みに心を動かされ、視界が潤む。
それにふっと笑って額にキスをすると、待ってて。と言って再び庭に出ていった。

ルシアンが出ていって最初に口を開いたのはお母様だった。
深く長い溜息をついて、眉を寄せた困り顔をしていた。

「あの子はいつも“あんな”なの?」
「ねぇ正直に言って、フルール。私達の手前“いつも通り”ってアピールしただけで、本当はわざとだったのよね?お父様達に結婚を認めてもらうために、わざとあんな風にベタベタしてみせたんでしょ?バレてるんだから、白状しちゃった方がいいわよ?」

恋人と過ごす兄の姿が信じられないようで、嘘だと言ってほしいと願っているように見えた。
けれど、彼女の期待には応えられない。

「あの……皆様の前での彼がどんな風かはわかりませんが、私には、今の様な彼が“いつも通り”……普段の彼です」
「ルシアンは君に骨抜きだな」

諦めたようにお父様が呟くと、お母様がまた溜息をついた。
恋人のために何もかもを、それこそ命さえ投げ出す覚悟だったルシアンの執心振りを目の当たりにして落胆したのは、それだけこれまでの彼が家族にとって立派で誇らしい存在だったということだろう。
だからこそ彼により相応しい相手をと求めるのは当然だ。
臆病で、逃げてばかりで、嫌われ者の、たいして家柄もよくない女など反対されて当然だったのだ。

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あきゅろす。
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