短篇
12
明け方頃に目が覚めてしまってから、しばらくぼんやりと窓の外を眺めていた。
ふとまぶたを開けると、眩しい日差しの中でやわらかに微笑むルシアンが居た。
いつのまにか眠っていたようだ。
「おはよう、フルール。もうおはようって時間じゃないけどね」
「ん……おはよう、ルシアン」
彼の方へ寝返りをうつと、その笑みが深くなった。
「君がベッドの中でもぞもぞ動いてるのを見たら、昨日の出来事が夢じゃなかったんだって思えて安心した」
意識せず寝返りをうったが、昨日と比べて少しは体を動かせるようになっている。
今ならと腕に力を入れるが、どっしりと重しが乗っているかのようだ。
緩慢な動作に焦れたりせず、ルシアンはあたたかな眼差しで待ってくれている。
ベッドから腕を出して支えを失えばそうもたないだろうと思ったが、それでも彼へと腕をのばした。
限界を見計らって、力尽きる前に大きな手が迎えてくれる。
ほぅっと息をつき、その手をきゅっと握り返す。
「フルール。気が早いかもしれないけど、体力が戻ったら家族と会ってほしい」
即答できないのをなじることも不機嫌さを滲ませることもせず、苦笑して優しくさとすだけだ。
「君が目覚めたって報告をした。父にはこれでやっと仕事をする気になったかって皮肉っぽく言われたけど、僕は“フルールと一緒になれないならすべてを放棄する”と言ってあるから。認めてくれたってことだ。僕の覚悟が本気だって伝わったみたい。母も後追い心中を回避したってだけで大喜び」
結果は嬉しいし安心したが、実際に認められたのはルシアンであって、フルールが受け入れられたわけではない。
直系男子のルシアンが後継ぎ候補に戻るのだから、夫人がフルールになるくらいは目をつぶろうということだ。
フィッツクラレンス家にとってフルールは次期当主を殺しかけた悪女だから憎まれて当然だ。
この期に及んで歓迎されるだなんて思っていなかったけれど、愛する人の家族に憎まれて送る生活を考えると苦しくなる。
「ただ、妹は怒ってた。あぁ、君にじゃない。両親にだ。はじめからあなた達がルシアンの愛した人を認めて受け入れていればこんなことにはならなかったんだ、ってね。僕とフルールを殺しかけたのはあなた達だ、ってキツいことを言ってた。まぁ事実だと思ったから、僕はあえてかばわなかったけどね」
声と一緒に視線が鋭くなるのを見ると、ルシアンも同じ怒りを抱いているように思えた。
けれどフルールに向ける表情はやわらかく、甘いものになる。
「心配しないで。君は僕が守る。今度こそ」
「ルシアン」
このまま彼に甘えてしまっていいのかと不安にさせるのは何なのか。
「私のことで、家族がいがみ合うなんて……」
「あぁ…フルール……」
痛みを察して、ルシアンの顔が曇る。
「ごめんなさい。あなたが私を守ろうとしてくれるのは嬉しいの。でも、私は……。みんなで、仲良くなれればいいのにって……」
「フルール、君は何て……何て、いい子なんだ」
いい子なんかじゃないと首を振っても、彼が更にそれを否定する。
「君はいい子だ。両親を憎んで責めてもいいのに、そうしないんだから」
「ちがう」
もちろん彼に家族で対立してほしくないという気持ちはあるが、フルール自身がそんな環境での生活が苦しいからというのもある。
「私はいい子ばっかりじゃない。いがみ合って暮らすのが苦しいから、逃げようとしてるんだもの。純粋じゃない」
思いきって正直に告白したのに、ルシアンは破顔した。
「それがいい子じゃないって言う理由なら、君はやっぱりいい子だ。居心地の悪いところから逃げたいって思うのは当たり前じゃないか。そうだろう?自分を絶望に陥れた相手を恨むのはあって当然だと思うけど、君がそうじゃないっていうなら君はとてつもなく純粋でいい子ってことだ」
ルシアンは小さく吹き出して、愛しげに頬をするすると撫でて続ける。
「ほぅら、そんなの思ってもみなかったって顔してる。……そうだね、わかったよ。可愛い君に免じて、両親を許す努力をしてみよう」
「私も、あなたの家族に受け入れてもらえるよう努力します」
人のせいにすれば楽になれるだろう。
しかしそれではあの城内に、悪感情の闇が生まれてしまう。
そしていつまでも臆病な嫌われ者に甘んじていては、ルシアンの家族に認めてもらえない。
逃げるのは、もうやめるのだから。
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