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短篇
11
ふっと目が覚めて、焦点が合うまで時間が要った。
ルシアンは何処に行ったのか。
帰る時に起こしてくれると言ったのに。
それともまだそんなに時間が経っていないのだろうか。
考えている内に視界がクリアになった。

「え……?」

日光が差して明るい室内は、どう見ても石造りの古城だ。

「うそ……。なんで……?」

ベッドからおりて窓際まで近づいても、広大な森は消えはしない。
ただ、いつも空を覆っていた分厚い雲はなく、綺麗に晴れ渡っている。

「そんな……」

さっきまでのはすべて夢だったというのか。
彼は、やはり幻だったのか。
ひくりと呼吸がひきつる。

「ルシアン…!ルシアン、どこぉっ?」

滲んできた涙を、ぎゅっと拭って振り払う。
彼を信じきれずに後悔したのだから、同じ間違いを繰り返してはならない。
彼の言葉を、ルシアンを信じよう。
空が晴れているのも、現実で彼と再会して気持ちが通じ合えたからに違いない。
望んだ花が咲く様に、空にも心が反映される。

心。

ここはとどまるべき家の様な場所だと思った。
城を発ち、森深く分け入り境界の小川まで離れていた時、体は脈が弱り危ういところにいた。
そしてルシアンの声に引き戻されて城で目覚めると、現実での体の状態も落ち着いたのだ。
眠る体に閉じ込められていた意識。
その間閉じ込められていた世界。
ここは、フルールの心の在処。心象世界なのだろう。
そう思って見ると、何てむなしい世界か。
天国の様に光に満ち、きらめいているわけでもない。
華やかさとは無縁。
かといって地獄ほど苛烈でもない。
心を反映する空と、深い森に、光が入りにくい古城。
気持ちが陰れば闇を生み、不穏な声を反響させる。
フルールそのままを表した、地味で陰鬱な世界だ。

『フルール』

ひらひらと。
風に乗って何処からか花びらが舞い込む。
それを生むのは誰でもない。

『フルール、起きて』

ひらひら、ひらひら。
視界を埋める。
この世界を幸福で満たせる人。


「フルール。……起きた?」

まぶたを開けると、穏やかに微笑むルシアンが居る。
長い指が前髪を横に流して、額を撫でる。
心地いい仕草にほぅっと長く息を吐き、呟く。

「あなたは、いつでも、私の希望……」

言葉の意図を探るように、ルシアンはさらりと頬を撫でながら、じっと目を覗きこんでいる。
彼が居るなら、幸せだ。
それだけで自然と笑みが浮かぶ。

「あなたが呼んでくれるなら、私は必ず戻ってくる」

ルシアンは泣きそうに微笑んで、首筋に顔を埋めた。
それは抱き締めるというよりすがるようで、彼を抱き締めてあげたい衝動にかられた。

「ごめんなさい、ルシアン。まだ自由に、体が動かなくて。あなたを抱き締められない」
「いいよ。いいよ、フルール。十分だ」

こんな自分の何処がよくて気持ちを寄せてくれたのかと、ずっと自信がなくて、結果、彼を信じきれなかった。
けれど。彼を信じることで自信にすればいい。
こんなに愛してくれるのだから。

「はぁ。離れがたい……」
「ふふっ。私も」

帰りたくないと言ってねばる姿は、いつもの凛々しくたくましい彼から想像できない。
それだけ無防備に心をあずけてくれているのだと思うと、彼がとてもいとおしい。

必ず明日も来ると約束して、ルシアンは名残惜しげに帰っていった。
その後は両親と顔を合わせた。
お医者様から目覚めたと知らされていたが、気を使ってルシアンと二人きりにしてくれたようだ。
気まずい空気が漂っていて、叱責されるか、呆れて突き放されるか、それとも泣かれるのかと不安がよぎった。
けれど両親は静かに言った。
フルールが眠っている間の彼を見ていたら、何故諦めろと言えたのか不思議になった、と。

責任を感じて見舞いに来てくれるなら、もういいんだと両親が伝えたら、彼は人目も気にせず涙を流したという。
どうして誰も彼女への愛を尊重してくれないのか。
誰一人。フルール本人でさえ、彼女への愛を信じてくれない。
その嘆きを前にして、反対などできようか。

「お前がそこまで追い詰められているとも知らず、幸せに導いてやってるつもりでいた。こうなって初めて、お前が彼にどれほど愛されていたのかを知ったのだ」

フルールが命を落とせば、取り返しのつかない悲劇になっていた。
誰も幸せにならない結末。
それを自覚して、フルールは戦慄した。

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