[携帯モード] [URL送信]

短篇

「どうです、調子は」
「えぇ、今日は顔色がいいんです。先生のおかげです」
「いや、私にできることは限られてます。今回のことでそれを痛感しましたよ。彼女はすべてをなげうったのかもしれないが、愛する人への気持ちは捨てきれなかった。じゃなければ、あなたの呼びかけに応えて戻ってきてくれはしない。私の仕事は、彼女が最初に命をとりとめたところで終わってたんです」

森の奥の境界まで行った時、引き止めるルシアンの声がしたのは確かだ。
けれど“命をとりとめた”とはどういうことだろう。
それも“最初に”とは……?
混乱する思考をぷつんと途切れさせる、優しくあたたかな手が指先に触れた。
まぶたが震えたと自覚するよりも早く、目一杯の光のまばゆさを感じて自分が起きたのだと理解する。

「フルール……?」

日光に照らし出された室内に、彼が居る。
何故、夜じゃないのか。
何故こんなに晴れているのか。
何故そこにまだ彼が居るのか。
まだまだ把握できていないけれど、とにかく胸に感動が沸き起こっていて、笑みをこらえきれない。

「フルール…っ。フルール、わかるかい?僕だ……僕だよ…っ」

口を開いたが、いつもと違い腹に力が入らなくて声が出ない。
何故か体がとても重くて、自力で動かすのも無理そうだ。

「……っ、……よかっ、た……」

息遣いからなんとか音になった囁きを聞こうと、涙をこらえた彼がそばへ寄る。

「ふ…っ。ようやく……あなたに……、会えた……」

幻でもいい。
こうして彼の顔を見て、会話ができるのだから。

「フルール…!」
「まさか…!信じられない……」

呟いたお医者様は立ち尽くしている。

「ルシアン、あなたに……。あなたに、どうしても……どうしても……あ、謝り、たかった」
「なにを……。そんな、いいんだよ。謝らなければならないのは、僕なのに」

ゆるゆると首を振るのも大変で、一息ついて口を開く。

「あなたは……私が、幸福のすべてだと……言って、くれてた」

喋るだけなのに、疲労感が襲う。

「それを、私は、ちゃんと……わかって、なかった。あなたの言葉を、聞いていて、それに、気付いたの」
「……え?」

ひとつひとつ息継ぎをしないと息が続かないのは、どういうことだろう。
それも欠損した記憶を取り戻した影響なのか。

「私は、臆病で、ネガティブだから。やっぱり、あなたに、私は必要ないって……そう、思ったら……。あなたは、私の、幸福のすべてだから、もう、生きてる意味はないと……。勝手に、あなたの、幸福を奪って……ごめん、なさい……」

じわりと目の前が熱く潤む。

「あなたと、もう一度会いたくて…っ。戻ろうとしたの。戻って、謝りたくて。でも、ダメで……」
「フルール……。僕の声が……聞こえて、いたのか……?」
「全部じゃ、ないけど。毎日のように、来てくれたのは、知ってる。あなたが、呼んでくれたから……私は、戻ってきたの」

ルシアンはお医者様と顔を見合わせた。
二人とも言葉を失い、驚きを隠せない様子で。
その時、ようやく窓外の景色が目に入って、思わず驚きが口に出ていた。

「え……、あれ……?」

石造りの薄暗い城が、生まれ育った家の寝室に変わっている。
大きな窓から見えるのは空色と緑の庭で、果てしない森などありはしない。

「フルール」

手を握って心配そうに覗きこむルシアンを見つめ返す。

「ここは、家なの……?」
「そうだ、君の家だよ。大丈夫かい、フルール」

いたわるように手をさすり、髪をすいて額から頬を撫でる。優しいぬくもり。
お医者様が“命をとりとめた”と言ったのを思い出す。
そんな、まさか。

「私……私、生きてるの?ルシアン。私、戻れたの?現実に?」
「あぁ、そうだ。君はここに居る、フルール。夢なんかじゃないんだ。夢じゃない。お医者様が君を助けてくれたんだ。だけど、君はずっと眠っていたんだよ…っ」
「眠って、た……?」

死んだんじゃなかったのか。
離れかけた魂がさまよって、帰って来られなくなっていただけだと?

[*前へ][次へ#]

9/16ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!