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短篇
12
「仕事しかしてない面白みのない堅物が、どんな女性を連れてくるのかと面白がってるんだろう。君には不快な思いをさせた」

私は見せ物になったとは感じなかった。
そりゃあ少しは好奇心で見物しようというのはあっただろうけど。

「皆さん、とても親切でしたよ?私は安心しました。フィルツさんのおうちに押しかけて、迷惑だと思われるんじゃないかと。ご挨拶も失礼があったら大変と思ってたので、ホッとしました」

皆ようこそと歓迎してくれて、気さくに話してくれた。
フィルツさんは何も言わず苦笑しただけだったので、何か失敗してしまったかと不安になってきゅっとショールを握りしめる。

「私、何か……?」
「いいや、君は何もしてない。完ぺきだ」

抱き寄せられると恥ずかしくて、うつむいてうろうろと目を泳がせるばかりだ。

「君は控えめで素直な人だ。健気で、我慢強くて……。清廉な人だ。尊敬してる」

顔を伏せたまま唇を噛んで、小さく首を振る。
それで精一杯だった。

「君はいつも、想像以上の魅力で俺を驚かせてくれる。どんどん君に夢中になる」

羞恥で視界が潤んできて、ショールを掴む指先が震える。
鋭く力強い眼差しに、引き締まった表情。
いつも口数が少ないので恐く見えるが、奥にある優しさを感じられる。
けれど今は饒舌で、その声色も中身も甘く照れ臭いものだった。

「倒れてる君を見つけた時、不謹慎だが……とても可愛らしい人だと思った」

驚いて顔を上げたら目が合って、照れてまた目をそらす。

「私情を挟んで患者の接し方を変えるなんて、医者として許されないと思った。だが、君に触れる男が俺だけであってほしいという気持ちを止められなかった」

だから彼はブロスフェルトさんの家の医務室から遠ざけ、客室に移したのだ。
そして彼は仕事が終わってから、毎日のように来てくれた。

「君を愛してる。エミリア」

涙が溢れた。
あなたが居なかったら、私はここに生きてはいないのよ。
感謝してるという言葉だけでは、この気持ちを伝えきれない。
震える指先で、シャツをきゅっと掴む。
何か言おうと思うのに、とても言葉にはならなかった。
私を助けてくれた、男らしくたくましい胸にそっと顔を埋める。

「エミリア」

あたたかな腕が更に強く抱き締め、優しく呼んでくれるのが嬉しかった。
だから私は甘えて頬を擦り寄せ、顔を上げて彼を見た。

「私も……。あなたが、好き…っ。愛してます」

そして彼は、初めての口づけをくれた。


「私、おうちのお掃除をして、洗濯をして、お料理をします」

私はフィルツさんに助けてもらって、沢山支えてもらったから。
私も彼の助けになりたい。
けれどフィルツさんは真面目な顔をして、それはいいんだ。と首を振った。

「君はまず一番に、君の体のことを考えて。あまり無理をしないでくれ」

顔を寄せて念を押されると、言うことを聞くしかない。
何せ彼は主治医だ。

「今度、一緒に買い物に行こう。生活するのに色々要るだろう」

あまり自由に買い物に行ったことがないから、こんな町中でなんて余計に緊張する。
そう言うと、フィルツさんは背を撫でて慰めてくれた。

「大丈夫。そばを離れなければ安心だろ?だけど心配だから、一人では外に出るな」
「はい」

フィルツさんのために食材の買い出しに行ければ理想だけれど、まだちょっと恐い。
体調面や知らない場所というのもあるが、家族は既に逮捕されたとはいえ、一人で出歩くのには不安があった。

「それじゃあ、お弁当は!?要りませんか?お仕事の時に」

今は出来る事は少ないけど、自分に出来る範囲で、自分のペースでやろうと思う。
フィルツさんがふっと笑ったから、おかしな事を言ったかな?と不安になる。

「ありがとう」

嬉しくて、ぱっと笑みが浮かぶ。

「私、家事ならできますっ」

やる気になって拳を握ったら、今度は吹き出して笑われてしまった。

「わかったよ。負けた。君に家事を任せる」

そんなつもりで言ったんじゃなかったけれど、結果的に認めてもらえてよかった。

「だけど、少しでも具合が悪いと思ったらすぐに休んで。約束してくれるね?」
「はい。約束します」

新しい人生を、大切な人と生きていける。
これからの人生は、きっと幸せに満ちている。そう思う。
こんな日が来るなんて思わなかったと、私はきっと毎日のように感動し、感謝するだろう。
死にかけた以上に、悪い事なんて起きない。

幸せな時間を生きていける。

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あきゅろす。
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