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短篇

十字架の下にぼんやりと見えた横長の箱は説教台だと思ったのに、近付いてみるとそれは石でできていた。
草花のレリーフが彫られた石板と土台。
レリーフを指でなぞりながら、何故こんなものがここに?と首をかしげる。
礼拝堂にあるくらいだから、宗教的な遺物なのだろう。
と、思った瞬間。
はたと思い至る。
棺。
これは石板ではなく、棺の蓋なのでは。
ぱっと手を引っ込めて後ずさる。

『自分の目で見てみれば?』

聞いてはいけないとわかってるけれど、脱出する手がかりが無い以上、進むしか道はない。

「んっ……はぁ。動かない……」

体重をかけて押しても、蓋が動く気配はない。

『私からはなんとも……。本人から聞きなさいよ。あなた、ルシアンの恋人なんでしょ?』

ルシアンの妹とこんな会話をしただろうか。

『フルール。僕を信じてほしい』

どうして。信じてほしいなんて言うの?
私があなたを疑うっていうの、ルシアン。
そんなこと、あなたがさせないでしょう?

『僕には君しか居ないんだから、他の誰かと結婚するなんてありえない』
「え……?」

何て言ったの。今、何て……。
こんな会話、知らない。
さっきはおもいきり体重をかけてもぴくりともしなかったのに、寄りかかっただけで簡単に蓋がずれてしまった。

『できるよっ。してみせる。何を失ったって、僕は彼女と婚約解消する。君だけは失えない…!』
「婚約……」

そんなこと知らない。
そうだ。これは闇が囁く嘘。
これまでの声にどれも覚えがあっても。
嘘をついて動揺させようとしているのだ。
それが、出口に近付いている証拠に違いない。

「んっ、しょ…!」

ずらしていくと、やはり。
土台の中身が空洞で、棺の形をしているのだとわかった。

『残念だわ。ルシアンには心から愛する人と結ばれてほしかった。ひねくれてる私なんかにも優しい兄だったから』

開いていく棺の中へ、燭台の淡い光が差し込む。
そこに白い足があった。
ひっと細い悲鳴を漏らして反射的に顔をそむけたが、埋葬された遺体がミイラや白骨になっていないと気付く。
思いきって蓋をずらすと、白いドレスのすそが見えた。
更に押し開ける。
色白でほっそりしているが、組まれた腕も遺体のものとは思えない。
ゆるやかに波打つ金の髪も、生きているかの様に艶やかで輝いている。
が、その胸は赤黒い血に染まっていた。
それを認めた瞬間、同じ場所にずきりと鈍い痛みがはしる。

『黙ってるのは卑怯だと思うから、あなたに教えるわ。両親は、ルシアンを騙して強引に決行する計画まで立ててる』

見覚えのあるあごのライン。
白い肌にはえる桃色の唇。細い鼻筋。
その顔は……。

『ルシアンは結婚する。両親が決めた婚約者と』
「……!わたし…っ」

棺の中に横たわっているのは、自分。

「なに、これ……。え?」

右手の中にナイフの柄がある
その刃には血が。

「ぁ……。い、た……いたい。ゃ、やだ…っ」

痛みがはしる自分の胸元も、べったりと赤黒く染まっている。

「いや、やだ……。どうして……?」

放ったナイフが床にぶつかる。

『フルール。もう諦めたらどう?ルシアンは結婚するのよ。お父さんとはお見合いだけど、お母さんはとても幸せだわ。あなたにもそんな人が見つかるわ』
『お前は私達の一人娘だ。いつでも幸せになってほしいと願ってる。だからもう叶わぬ恋を諦めて、幸せな道を選びなさい』

ルシアン以外に幸せになれる人なんて居ないのに、両親でさえ理解してくれない。

『はっきり申し上げないとご理解いただけないのね。フルールさん。あなたは美しい容姿をしてらっしゃるから、孫に大きな期待が持てるわ。でも、それだけでは我が家の嫁はつとまらないの。だって次期当主夫人ですもの。それなりの家柄と教養がなければ。伝統あるフィッツクラレンス家には相応しくないでしょ?ルシアンの幸せを考えるなら、家を尊重して当然よね?おとなしく身を引いてくれないかしら』

世界が終わりを迎えた気がした。

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あきゅろす。
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