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短篇

寝室の扉を薄く開き、闇が蔓延してはいないか様子を探る。
慎重に扉を押して顔を出し、耳をすましても、誰の声も聞こえてはこない。

「よし」

思いきって廊下に出ると、恐怖心に飲まれる前にぱっと目についた扉に向かう。
しかし体がいうことをきかず、のばした腕が扉との間でぺしゃんと潰れ、体当たりするかたちでよろけながら室内に入った。

「……っ」

身構えて見回すが、おかしなところはない。
フルールの寝室と同じような客室だ。
待ってみても異変が起こる様子はない。
ほっと息を吐き、次の部屋へ。
その作業をいくら繰り返しても、あれだけフルールを脅かした声は響いてこなかった。

「どういうこと……?」

城内にも手がかりはないのか。
諦めがよぎったのを嗅ぎ付けた闇が、じわりと暗がりから這い出す。

『わざとらしいってことよ。え、なに。まさか、本当にわからないって言わないでしょ?やだ。あきれた……』

嘆息と、なげやりな声。

『自分の美貌が武器になるってわかってるんでしょってことじゃない。そぉんな恵まれた容姿してさ、私なんか……って不安げな顔されたって嫌味にしか見えないっての。キレイだカワイイだなんて聞き飽きてるに決まってるって、みーんな思ってるわよ』

親族以外の人から、面と向かって容姿を褒められた覚えはない。
だから一般的な意見として己の眉目に対し美貌という言葉が使われるとは思わなかった。

『あなたって残念ねー。その顔を持ってるのに、これまで利用しようと思わなかったの?ま、そこがルシアンに言わせれば美点なんでしょうけど。でもまさかそこまでー……なんていうか、素朴な子だとは、思わなかったわ』

臆病な性格は外見とのギャップが大きいらしく、弱気で不安げな言動が反感を買う原因となっていた。
謙遜しているつもりもなく、ただ自信がなくて畏縮しているのに、それが演技にうつるらしい。
その顔で自信がないわけがない。と信じてもらえないのだ。
ルシアンの妹にはっきりと教えてもらうまで、何故女性達に罵倒されるほど嫌われ、敬遠されるか理解できていなかった。

『あなたは男達にとって、理想の女。汚れを知らない美しいお姫さまなのよ。ぺちゃくちゃお喋りでうるさいお友達に囲まれても、一緒に誰かの悪口で盛り上がるような心の醜さがない。そこに群がる男達
の中にいい感じの人が居たらチャンス!ってたくらんでる彼女達の方がよっぽど打算的で男好きなぶりっ子なのに、やっぱりあなたに敵わないと思い知って悔しがってる。自業自得。それを棚に上げて“男に媚びてる”とか言っちゃってさ。自分達を正当化して批判してるけど、妬んでるだけだって見え見え。まぁ私はあなたが一枚上手だっただけで、あなたも彼女達と一緒だって思ってたんだけど。まさか本当に無垢なお姫さまだったとは。ルシアンは見る目あったのね』

臆病な性格じゃなかったら、誤解を招いて人に不快感を与えることもなかった。
けれど、それが自分なのだ。
自分だから、ルシアンが想ってくれた。

『フルール。僕とずっと一緒に居ると、約束してくれるね?』

ルシアンの声が光をもたらす。
まだ見ていない部屋があるはずだ。

散々歩き回って見つけた大きな扉を開くと、かすかな灯火の揺らめきも無く、ただ暗闇が室内を覆っていた。
一歩、踏み入れる。
その足音の反響から、扉の大きさに比例して部屋も大きいのだというのが察せられた。
不安が芽生えても声は聞こえず、しんと静まりかえっている。
ルシアン。と、勇気を失わないようそっと囁く。
それを合図に、遠くにひとつ。ぽっと、火が灯る。

『心配しないで。きっと理解を得られる。君は僕のかけがえの人なんだから』

ひとつ、ふたつ。
増えていく火が浮かび上がらせたのは、壁に掛かる十字架。

『絶対に両親を説得する。僕の花嫁は君以外居ないんだから』

揺らぐ灯火に照らし出される、飾り気のない石の壁。

『フルール。僕は君を失えない。失えないんだ…っ』

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