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短篇

白いワンピースを着た女性。
だが、違う。色が無い。
濃い闇が続く森を背負い、女性だけが白く浮き立っている。
あれは、恐ろしい何か。
本能が恐怖を覚える。
すると、寄り添うにして隠れた幹からすっと右手が上がり、フルールに向けて動かされる。
手招き。
おいでおいでと、フルールを呼んでいた。

この世界から脱しようと森を歩いてきたが、誤りだった。
あの小川の境界を越えれば、フルールはもう帰る道を失ってしまう。
わかる。
あの城がとどまるべき家だと最初に感じたのは、やはり正解だったのだ。

『……!』

遠くから、言葉にならない声が聞こえる。
くらくらと視界が歪みだす。

『〜〜〜〜……!』

水中で聞く様に、はっきりしない声。
戻らなくてはならないのに、もう体がいうことをきかない。

『〜ル…!』

戻らなければ。

『〜ール…!』

愛する人のところへ。
ルシアンのところへ。

『フルール!』

ルシアン。

『フルール!戻ってこい!』

ルシアン。何処に居るの?

『フルール!行かないでくれ!行くな!』

意識が遠退いて、混濁する。


気付くと、ふんわりとしたクッションの感覚に体が包まれているのを感じた。
意識が体を置き去りにして、覚醒する。

「フルール…っ」

涙に揺らぐルシアンの声が、かたわらで呼ぶ。
戻ってきたのだ。
城の、寝室のベッドに。

「フルール。僕は酷いかい?楽になろうとしている君を、引き止めてまだ頑張らせようとしている」

ルシアンが苦しむ必要はないのよ。
私はただ、あなたのもとへ帰ろうとしたの。
私も頑張って帰ろうとした。
だけど間違ったみたい。
あなたを。あなたの幸福ごとすべて、この自分さえ置き去りに旅立つところだったのよ。
すべてを忘れ、新しい自分になる場所へ。

「フルール。ごめんよ……。僕は君を愛してるんだ。君の他には誰も愛すことができない…!言ったろう?僕は君を、失うことができない。君は僕のすべてなんだ。君は、僕の…っ」

頬を撫ぜる震える指が、とても熱く感じる。
体がとても冷たいからだ。

「愛してる、フルール。愛してる」

額にふわりと触れるキス。
震える息遣いが、彼の恐怖を訴える。
喪失の恐怖を。
どうすれば戻れるだろう。
森の向こうは死者の世界だ。
それでは、どうして脱出すれば……?

「ここに居てくれ。僕とともに、ずっと」

ここに居れば、こうして彼を感じることができる。
一方的な接触でも、彼と会うことはできるのだ。
冷静になって考えれば、現世に戻れたとしても生き返れるかはわからない。
肉体があるかわからないし、あっても蘇生できるかわからない。

「フルール」

意識が深く沈んでいく。


目覚めたのはやはり、カーテンに囲まれた大きなベッドの中だった。
今日は到底花を摘みに行く気分になれそうにない。

「ルシアン」

この声があなたに届けばいいのに。

「あなたを置いて行くつもりはなかったの。私はただ……あなたのもとに、帰りたかった。それだけ」

だけど、方法が見つからない。

「もう、帰れないかもしれない。でも、ここに居ればあなたの声が聞こえるし、あなたの手を感じることもできる。あなたに、私も愛してるって言えないのはつらいけど……。でも、いいの。私はかまわない。だけどあなたはいいの?私はいや。私はどうすればあなたから奪った幸福を返せる?」

彼が不幸なままではいけない。
外がダメだったのだから、城の中しかない。
迫る闇が恐くて必要最低限の決まったルートしか歩いてなかったから、行ってないところはたくさんある。
諦めるのはそれからでも遅くない。
何か方法があるはず。

「よしっ」

待ってて、ルシアン。
覚悟を決めて、立ち上がる。

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