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短篇

深紅のカーテンに四方を閉ざされるベッド。
両腕を広げてもはみ出ない広さにふんわりと埋もれる。
深い睡眠から意識だけが浮上して、置いていかれた肉体を自覚する。
揺らめく気配が近付いてすっとカーテンをめくると、薄いレース越しに人が立っているのがわかる。
そこから天蓋の内に腕が入り込み、ベッドに触れる。

「フルール、おはよう」

穏やかな声に、ほっと胸があたたかくほぐれる。
闇が見せる幻想でも、月が寄越す救いの光でも、どちらでも構わない。
彼に会えるのだから。
例えこちらから声をかけられなくても。姿さえ目にできなくたって。
こうして彼が会いに来て、話し掛けて、そっと触れてくれるのだから。

「今日の調子はどう?顔色はいいみたいだね」

布団から腕を取り出して、きゅっと優しく指先を包むと、前髪をそっと避けて顔を覗き込む。
お人形を慈しむ様な手つきで、壊れ物をいたわる様に慎重に。
絹糸を吟味する様に。感触を楽しむ様に。髪を撫でる。

「綺麗にくしを入れてもらってる。どうしてだろう。君の髪は今でもこんなに艶やかで、輝いてる」

まるい額から頬、あごまでなぞり、羽が触れる様なキスが額に落とされる。

「可愛らしい君のおでこも、やわらかいほっぺたも、小さな唇だってそのままだ。可憐で、か弱くて、美しいまま。君の魅力はちっとも損なわれない」

毎晩のように訪れる彼を、動かない体の中から意識が認識する。
何も反応しない恋人に、こりずに会いに来てくれる。
棺に眠る死者と語らうかの様に。

「愛してるよ、フルール」

ルシアン。
私も愛してる。

「愛してる。愛してる、フルール。変わらない。僕は永遠に君を愛すだろう。覚えておいて。僕の君への愛は何ものにも変えられない。何に阻まれても。僕は君しか愛せない」

死が二人を別つとも。

「あぁ…………フルール……。かわいそうに」

目尻から伝うしずくを指の背で拭いながら、溜息まじりにこぼす。

「泣いてるんだね。君も想ってくれてるのか」

例え亡霊になったって、今でも彼を愛している。
愛する彼を失いたくないから、もしかしたらこうして生と死の狭間にさまよっているのかもしれない。
だって、彼を忘れて行きたくない。
生まれ変わって、すっかり忘れて違う人生なんて生きたくない。

「フルール。君のヘーゼルの目で僕を見つめてほしい。その可愛い口で愛してるって言ってほしい。君がこの細い指を動かして命じるなら、どんなに滑稽なこともしてみせる。僕には君が居れば構わないんだから。君さえ居ればね」

ルシアンは何でも持ってると思っていた。
たくさんの仲間に慕われ、女性にだって人気で。
それだけの魅力が彼にはあって、恵まれた人だと思った。
それを鼻にかけて威張ることもないし、嫌われ者のフルールにも平等に接してくれた。

「覚えてる?フルール。僕が君を好きだって言ったら、君は泣いたね。正直、僕は戸惑った。君が喜んでるようには見えなかったからだ。別に思い上がりがあったわけではないよ。喜んでくれて当然だなんて、僕は思わない。ただ、君があまりにさめざめとすすり泣くものだから。今に消えてしまいそうに、頼りなく」

どうしたの?と、優しく甘やかに問い、静かに寄り添ってくれたのを覚えている。

「僕が君を構うから、君が友人達の間でよくない立場になってると聞いて、嫌われてるんじゃないかと思ってたし。君の態度も決して好感触だと思えなかったしね。振られたと思ったけど、でも、僕は諦めようとは思わなかった。それどころか、こんなにか弱い君を僕が守ってあげないとって気になった」

そこであっさり諦めてくれないでよかった。

「君は言った。“こんなことあっていいはずがない”……君は幸福を疑い、恐れてさえいた。悲しいことだ。君の幸福が奪われないように、僕が守ってあげると言ったのに。僕の分の幸福ごとみんな奪われてしまった……。情けない。君を、守りきれなかった……」

ルシアンにとってフルールが幸福のすべてだったことは、フルールにとって嬉しい驚きだった。
けれど、それが正しかったのか今ではわからない。
亡霊を想い、彼がいつまでも不幸で居ることは、フルールにとっても不幸だからだ。

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