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短篇

どこまでも続く、巨大な森。
深く、広く、暗く。
地平線まで静かに、切れ目なく。
それは孤城を孤城たらしめる檻。

空は重く分厚い雲が隙間なく覆い、昼の間に輝かしい陽を通したことはなかった。
日がすっかり暮れると雲は晴れ、必ず月の姿を見せる。

尖塔の最上階。
窓を開け放し、変わらぬ景色をいつまでも眺めていても、咎める者は決してない。
現実味のない世界。
虚ろな城に生きて暮らしているのは、恐らく自分一人だけなのだとフルールは思っていた。
けれど、人かどうかわからないもの、生きてるかどうかわからないものに触れる中で、実は自分も幽霊なのでは?と疑いを深めつつある。
死んだことに気付かず現世をさ迷う亡霊。自分もそれの一種なのではないかと。
フルールはこの城のベッドで目覚めた時、記憶が混乱していて、ここに至るまでの経緯がすっぽりと抜け落ちていることに気付いた。
ただ、ここは自分が居るべき家の様な場所だという認識があったので留まっている。
本当にこんな巨大な城がフルールの家かはわからないが、どちらにしろここから脱出できそうにないので諦めている。
けれど幽霊なのだとしたら、記憶の欠損に説明がつく。
受け入れ難い死を忘却することで拒否したのだ。
ならばここは、天国でも地獄でもない。現実とも違う。
死を拒絶した者が放り込まれる牢獄。
フルールはこの退屈な獄中で、長い思索の中で、そうやって自分を納得させる結論を出した。

空腹を感じないのを不思議に思ったのはいつだったか。もう忘れてしまった。
フルールはほっと溜息を吐いて、白く細い腕をのばして窓を閉めた。
別に放っておいたって一晩眠れば明くる日には元通り。物を壊したって何事もなかったように、涼しい顔して同じ場所に戻っているのだ。
構わなくなっていい。
雨が吹き込んだって知らない。
だけど物に当たったってむなしいだけだし、誰も見てないからって気を抜いてだらしなくするのも許せない質なのだ。

くるくると。
長い螺旋階段を降りて、中庭へ向かう。
回廊から何本もの石畳のアプローチが中央へ集まり、その隙間を縫うように背の低い植木が植わっている。
中央には白いあずまや。
そこから近い一番内側にだけ、カラフルな花が輪をつくっている。

「ふふっ」

桃色の薄い唇が笑みをかたどる。

「やっぱり。今日はガーベラの気分だったもの」

この花壇は、フルールの願望を反映してくれる。
そうじゃないかと思いはじめてから、今日はどんな花を見たい気分だろうと意識的に考えるようになった。
そしてそれが叶えられると、こうして楽しい気持ちになれた。
獄中のささやかな娯楽。
ベッドサイドに飾るために好きな色のガーベラを摘んで、居室へと向かう。

陽射しが入らない城内には、常に灯りがともっている

使用人がするような細々とした仕事を気にすることもない。
すべては魔法のように変化し、フルールをこの城のお姫様に仕立ててくれる。
けれど、いつでも何処でも幸せなままでは居させてくれない。
フルールは闇を恐れていた。
この城ではほとんどいつでもどこかしらに存在するものだ。
今だって廊下の隅に、じわりと浸蝕している。
闇は不穏なものを含んで、フルールを飲んでしまおうとする。

嘲りのくすくす笑いを交えながら、女性達の話し声が響く。

『上品ぶっちゃって。家柄じゃ私達と変わらないのに、自分が高貴な姫君だとでも思い込んでるのかしら』
『ねぇ〜。取り澄ました顔してるけど、人を見下してるわよね。いくら繕っても本性は隠せないものよ』
『そうよ。ああいう単に男にちやほやされたくて媚びてるタイプは、優越感にひたってるようでその実、侮蔑されてるって気付かないのかしらね。男だって愚かじゃないんだから、タチが悪い女に簡単に引っ掛かったりしないわよ。騙されたフリして遊んで捨てられるのがオチだわ』

フルールはきゅっと唇を引き結んで堪えながら、闇が遠ざかって消えるのを待った。

『残念ね。女に嫌われる女は男だって敬遠するのよ』
『計算違いだったかしら?ご愁傷さま』

何度も誤解だと主張したのに、それすら彼女達のかんに障るらしかった。

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