短篇
19
「ネガティブな……いけないことを考えてしまいました」
「うん。どんな?」
隠すことなんて許さないと、有無を言わさぬ視線と声の圧力。
「やっぱりあなたには、私はふさわしくない。釣り合わない……。ここに来て、それを痛感しました」
「それで?」
短い相づちの声に、力強い意思を感じる。
お芝居で感情や言葉をコントロールするプロ、それも世界レベルで認められる実力を持つような人は違う。
自分と比較する気など起きようがない、素晴らしいスター。
今どんな答えをしたって、許さない。手放さないという顔をしてる。
安心して、嬉しさがほのかな笑みになる。
「経済的にも精神的にも、私はあなたに甘えすぎてます。私はあなたの“ひよこ”だから構わないんだって正当化しながら。私は成長して、強い人間になりたい」
「君は自分に厳しい」
「はい。以前あなたと話したことを思い出して、気付きました。そうやって私は一人で考えて、解決しようとして、恋人に対してさえ壁をつくる。これまでの問題はそのせいで起こった」
エリスの微笑みが、この思索が順調だと物語る。
「あなたと一緒に居たくても、私の存在はいずれあなたに不利になるかもしれない。だけど私は物分かりよく身を引くなんてお利口なことはできません。もう私の心はあなたのものなんだもの」
「結論には満足だ。でもね、みこ。幸せを受け入れて。君の育った環境を考えると難しいのかもしれないけど。甘えるのは悪じゃないし、僕と居るのが罪のように言わないで。苦しまなくていいんだよ。それがパートナーじゃないか」
少しは成長したかと思ったけれど、まだまだ雛のままだ。
こんなに甘えていいのかと怖じ気づき、罪悪感を覚えた。
思えばこれまでも無意識に感情にブレーキをかけ、自分を見失わないようにしてきた。
母と二人の家族だから、気を抜いて奔放にしてばかりじゃいけないと思ったのかもしれないし。
父の様に、男性はいつか裏切って消えてしまうものだと防衛本能が働いたからかもしれない。
甘えや依存を禁じ抑圧するのは、相手を信頼しきっていない証拠だ。
釣り合わないとか迷惑をかけるとか、依存だ何だともっともな理由を挙げて目をそらして、結局は保身を考えている。
いざという時、こうなったって仕方なかったんだと諦めて、浅い傷で済むように。
狡い。
ふと視線を上げると、心を見透かそうとするような真剣な目とぶつかった。
「私はあなたを信頼します。心から。雛の様に無防備に」
だって彼は嘘をつかない。
傷付けるようなことなんてしない。
彼との間で保身を考えるのは馬鹿げてる。
「だってあなたは特別な人。大切な私のパートナーですから」
「嬉しいよ。僕の雛」
エリスは言葉にしないけれど、安堵して、喜んでいるのがその表情でわかった。
エリスの友人のホームパーティーの話を聞いたのはそれからだ。
エリスが心の状態を見て、パートナーとして一緒に出席できると判断したのだろう。
それなら異論は無い。
彼についていくだけだ。
パーティー当日。
エリスはドレスアップしたみこの姿に上機嫌で、相貌を甘く崩れさせている。
「みこは色白だから、こういう淡いピンクがよく似合う。ふわっとした感じも可憐なみこらしくて、妖精みたいだ。君は華奢でとっても軽いから、本当に妖精の様に飛んでってしまわないか心配になるよ」
照れながらありがとうと呟くみこを愛しげに見つめたエリスは、繊細な宝物を愛でるような手つきで優しく頬を撫でる。
「すてきだ。愛してるよ、みこ」
短いキスを何度も落とした次は答えを待つ沈黙がおとずれて、みこはますます頬を染める。
「私も……愛してます。あなただけ」
パートナーと呼べる、たった一人の愛する人。
恐れず、怯えず、心を許せる。
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