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短篇
17
恋人を迎えた心からの安堵が、吐き出された息に表れていた。
優しい微笑みを向けられたのは、ツヤのある長い黒髪のアジア系の女性。
小柄で細い体形と色白で幼い顔立ちから、エリスの言う“大人の女性”には見えない。
エリスが彼女を“ひよこみたい”と言ったのに頷ける見た目の幼さだ。
遠い外国から来て恋人と再会するシーン。
ならば抱きついてキスするぐらいは当然撮れると踏んでいたのに、恋人にそんな素振りはない。
頬を染め、嬉しそうにはにかむ程度だ。
だがもじもじと指を動かしているところを見ると、手を伸ばしたいのに恥ずかしくてできないといった感じか。
なるほど。シャイというのは本当らしい。
ならばと次を期待したものの、エリスの方から伸ばされた手は彼女を抱き締めるものではなかった。
額や頬に触れ顔を覗きこむ仕草は体調を気遣うように見え、そうなるとエリスも心配そうに映った。
エリスは彼女を繊細と言ったが、それは精神的なことだけじゃなかったのかもしれない。
肉体的にも。だからエリスは敏感になって、彼女のために配慮したのかもしれない。
それなら壊れ物を扱う様に、そっと優しく抱き寄せるのも納得できる。
やっとのキスも額に軽く触れる程度だが、それはシャイな彼女に遠慮してだろう。

それからエリスは何処も観光せずに、まっすぐ自宅に戻ってしまった。
その内、必ず二人で出掛けるだろうから、次のチャンスはそこだ。
仲良くデートする姿を撮る。
だが、期待に反してパパラッチが何日張り込んでもエリスの恋人は外出する気配がなかった。

現在、エリスは次の作品に向けてアクションの訓練をしている。
日が暮れはじめる頃になると真っ直ぐ帰り、夜も恋人とディナーに出掛けることはない。
完全にオフの日でも二人で家にこもりきりだ。

「ねぇ、エリス。彼女はどうしてるの?」

パパラッチの質問にエリスははじめ「家だよ」とさらりと答えた。
次の日も、その次の日も家に居ると言うのである日、パパラッチは遂に踏み込んで聞くことにした。

「やぁ、エリス。今日も彼女はお留守番?インドア派なんだね」
「そう。イギリス出身のうちの家政婦に気に入られてね。英会話教室に、フラワーアレンジメント講座まで始まってしまった。料理も始めるって言うから、“僕は日本から家政婦をヘッドハンティングしてきたんじゃない”って言ったら“当然です。これは花嫁修行ですから”だってさ」
「ハハッ。充実してるんだ。オレはてっきり彼女が病気か、この国を楽しむつもりがないのかと思ったよ」

車に乗り込むわずかな隙に話し掛けたら、わざわざ立ち止まって話してくれたので聞けるチャンスだと思ったのだ。
最初に抱いた彼女への疑惑を冗談の勢いで聞いた。
するとエリスが口ごもったから、驚いて更に突っ込む。

「本当?彼女は病気なのかい?」
「いや、詳しくは明かせないけど……もうだいぶいいんだ。ただ、言った通り彼女はとても繊細だから。彼女のペースで世界を広げることを楽しんでほしい」
「そう……お大事に」

ようやく一言絞り出すと、エリスはありがとうと微笑んで行ってしまった。
それからも短いやりとりを重ねていったが、得られる情報はそう多くなかった。

日本人との出会いはエリスなら驚かない。
僅かだが日本がルーツに含まれる縁で留学した経験があるし、日本語が堪能で、日本の文化にも精通している。
ハリウッドが抱く日本のイメージのまま描写すると日本人には違和感のある出来になる場合があるが、リアリティーを求める場合、日本人にしか気付けない細かな点を日本をよく知るエリスにチェックしてもらうケースが過去にあった。
日本との接点などもう知っている。
知りたいのは、彼女がどんな女性か。
どうやって知り合い、どんなところに惹かれ合ったのかだった。

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