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短篇
15
少しずつ外出できるようになっていたので、広がった可能性からカウンセリングを受ける選択ができるようになったのは嬉しいことだった。
なるべく近い場所で、女性のカウンセラーが居るクリニックを探して決めた。
運よく彼女とは相性がよかったようで、継続して通うことができた。

エリスは発言通り一切逃げ隠れせず、二人で外に出掛けても堂々としていた。
映画の役とは違う柔和な雰囲気は親しみを覚えさせるものの、全身から発散されるキラキラしたオーラは眩しく、その存在感に圧倒された人々は気安く話し掛けることを阻まれる。
それがエリスの作戦なのかまではわからないが、注目はされても邪魔されないだけいいと思うほかない。

みこはジュニアモデル時代から清純なイメージだったので、髪を染めることはほとんどなかった。
外国を舞台にしたお芝居があったので少し暗めの茶色に染めたが、今はすっかり黒に戻っている。
役の為にでもなければ、みこはオシャレの為に髪を染める気はなかった。
特にエリスが黒髪を褒めてくれてからは、そんな気はまったくなくなった。

「白雪姫の黒檀のような黒髪、だね。僕の髪はやわらかくてうねってしまうけど、みこのはツヤがあってさらさらのストレート。美しい……」
「私はエリスの髪の色もとても美しいと思います。濃い蜂蜜色というか。染めようと思っても、こんな風にはできなさそう。役で他の色にしたのも見ましたけど、この色がエリスにぴったりです」
「ありがとう。嬉しいよ。それに、君の黒檀のように黒い目で見つめられると、魔法にかかったような気分になる」

個室とはいえ、いつ店員が来るともわからないレストランでもエリスは耳目を気にせず振る舞う。
彼を見た人はまさかエリス・エンジェルが日本のこんなところに居るとは思わないようで、半信半疑な様子になる。
本人だと気付いても圧倒され、もしくはパニックに陥り声をかけるまではいかないし、あまり堂々としているのでカメラがあるのではないかと探す場合も多く、そういった点でも声をかけようと試みる人は少ない。
エリスに気付いても気付かなくても、ほとんどの視線は横に居るみこへとスライドする。
“あのイケメンの外人と一緒に居る女は何?”と探り、厳しい目で査定するためだ。

「魔法にかかるのはいつも、あなたを見つめる方じゃないですか」
「はぁ……なんてかわいいことを言うんだ。君はどれほど僕を夢中にさせるの?」

エリスは大勢の人の目を引き、心を掴むという意味で言ったつもりが、みこの方がいつもエリスに心奪われているという意味で伝わってしまった。
だが、それも嘘ではないので訂正せずにおく。

「肌もなめらかで、きめが細かくて。それに皮膚が薄いからかな。興奮するとピンクに染まる」

頬を染めると「ほら、ね」と指さして笑う。
彼は人前でだって恋人らしい振る舞いを自重しない。
それで優越感を抱くほど、みこは厚顔にはなれない。
いつもこうして頬を染め、下唇を噛む破目になる。

出会って半年が過ぎてもマスコミに騒がれることはなく、変わらず平穏な日々が続いている。
みこはそう信じているようだが、実際は違う。
みこの目につく場所に騒ぎが到ってないだけだ。
エリスの熱心なファンは彼の動向を把握していて、新しい映画の撮影前後に来日している情報を得ている。
そして撮影後の来日以降、頻繁に日本人女性と共に居るらしいとまで嗅ぎ付けていて、それが日本で羽根を伸ばしているだけなのかどうかを現在精査中である。

ファンでなくとも、少し調べればエリス・エンジェルの恋愛遍歴はすぐに知れてしまう。
欧米のゴシップ紙が彼を放っておかないからだ。
エリスは女性をとっかえひっかえするタイプではなく、誠実に向き合い、恋人と長く付き合う。
ドラマに出て少しずつ名前が売れてきた頃にはまだ学生時代からの恋人と付き合っていたと、のちに本人の口から語られている。
破局した後、何人かの女優やアーティストの名前が噂にのぼったが、それらは友人関係だと否定している。
そして世界的に大きく名前が売れ人気が出てからは、ドラマのモデルにもなった有名な美人弁護士と。
彼女との破局後も何人もの女性の名前が挙げられているが、ファンはエリスに恋人ができたと信じていない。
エリスのパパラッチへの対応はオープンで好意的だと評価されていて、本当に恋人ができると“大切な人”の存在を口にして認める。
だからファンは本人が口にしないことは真実ではないと思っている。

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あきゅろす。
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