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短篇
13〈後編〉
そのルーツに日本が含まれ、もうひとつの故郷だと公言し、実際に母国語並みに日本語を操れても、エリス・エンジェルの家は日本にはない。
彼にとって日本は帰国するものではなく、滞在するもの。
家も仕事も外国にあるのだ。
ロンドンには実家があるし、アメリカには二ヶ所。
他にもリゾートのどこそこに別荘が……と聞いた気がするが覚えていない。
エリスは仕事のために何度か日本を離れたけれど、長い撮影に入る前に母と会ってくれた。
まさかそんなことになっていると思わない母は、今度は私がサプライズを仕掛けられてるの?と信じられない様子だった。

撮影に入ってもエリスはよく連絡をくれて、週に一度は近所の花屋から様々な花束が届けられた。
三ヶ月以上振りに直接会うのは嬉しさより緊張が勝った。
それに外国で世界中の人達に楽しまれるような仕事をしてきた人が、庶民的で閉鎖的な自分のもとへ来るその落差が不思議でならなかった。
落ち着かない気持ちを抱えながら、背筋をのばし、ソファーに浅く座ってじっとその時を待つ。
時間通りに届いたメールが、トラブル無く順調に来日
できたことを知らせてくれた。
長く緊張が続いた影響か、くらりと目眩を感じた。
ふーっと長い息を吐き、リラックスしようとつとめる。
紅茶を飲んでみたり、CDを聴いてみたりしてる内に彼からの電話が鳴った。

「はい……」
『やぁ、みこ。ようやく君の声が聞けた』

何日も声を聞いてなかったわけじゃない。
向こうの空港から電話をくれた以来なのに、笑みを想像できる声で言う。
そしてもうすぐ会えるのが楽しみだと同じ言葉を漏らす。

『みこ?』

黙っているので不審に思ったのだろう。
気持ちが高ぶってしまって、言葉に詰まった。

「あの……。なんて、言っていいか……」
『うん』

テレビ電話で顔を見て話していたけど、直接会うのとは違うのだから緊張感は高まる。

「とても、言葉になりません。たくさん浮かぶことはあるのに、どれも嘘っぽくなる気がして。気持ちを、伝えきれない……」
『それじゃあ、より早く会わないとならないね。言葉で伝わらないなら触れ合わなければ』
「はい」

画面越しじゃなく、直接目を見たい。
そういう思いが先走り返事をしてしまったので、あとになって“触れ合う”という意味について考えて無言で焦りもだえる。
だがその動揺が息遣いで悟られた。
くすっと笑う気配に赤面する。

『楽しみだ。ねぇ、みこ。体調はどう。平気?』
「あ、はい。小さな波はありますけど」

エリスのおかげで精神的に安定し、ふさぎこむことも少なくなったので、大きく体調を崩すことも少なくなった。
エリスが居ない間にも何度か一人でコンビニに行く挑戦をして成功しているので、心身の健康が戻ってきているのではないかと自信を得つつある。

『よかった』

安堵の声を聞き、心配をかけていたのだと実感する。
エリスならばプライベートを仕事に影響させるようなことはしないと思っているから、仕事の邪魔をしたのでは?なんて大それた気遣いなど差し出がましい。
むしろこちらの方が気を配られていると感じることばかりで、自分の視野の狭さを思い知る。

『体調が悪い時にムリはさせられない。ひさびさに会うのだから、ちょっとくらいスキンシップを楽しみたいからね』

あえて追及せず話題を変えてくれたのかと思ったが、“触れ合う”話から変わっていなかったようだ。

「エリス。反応に、困りますから……」
『お願いされたってやめないよ。本心だからね。それに君のその困った反応がかわいい』

遊ばないでという願いも、ムリの一言で却下された。
そんな調子で話している内に、極度の緊張も次第にやわらいでいた。
遅れてそのことに気がつき、またエリスの優しさを知る。

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あきゅろす。
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