短篇
10
私の荷物は、私が死んだと思った家族によって処分されてしまっていた。
だから本当に何も残っていない。
本当にゼロから、また新しい人生が始まるのだ。
部屋の掃除など、少し動けるようになった頃。
家族が逮捕されたという知らせが入った。
私は殺されかけたのに、悲しくて涙が出た。
ホッとするより、これで本当に家族を失ってしまったんだと。
自分からも家族を捨て、これで一人になったのだと思うと……。
来られるなんて聞いてなかったのに、知らせを受けてか、フィルツさんが来てくれた。
ブロスフェルトさんはフィルツさんと目配せをしただけで、入れ替わるように部屋を出ていった。
息を切らして駆けつけてくれた彼に手をのばすと、彼はそれをとって肩を抱き寄せてくれた。
そして涙の意味を知ると、馬鹿だなぁ。と呆れたように言って、指の背で頬を撫でて涙を拭ってくれた。
「それでも君は家族を恨まないんだな。だけど、君らしい」
あたたかな手も、声色にも、深い優しさが滲んでいた。
「一人で、寂しいと思うか……?」
強い眼差しを真っ直ぐに受け、吸い込まれるようにじっと見つめ返す。
「これからは、俺と二人だと思ってはくれないか」
カッと頬が熱くなり、視線が泳ぐ。
ぐっと力強い手に指先を握られ、胸に沢山の感情が溢れて、うまく言葉が見つからない。
「エミリア」
返事をしようと思うのに、叶わない。
手をきゅっと握り返すので精一杯だ。
おずおずと顔を窺うと、まだ半信半疑という感じで、伝わっていないのだと思い、こくこくと何度も頷いた。
「エミリア…!」
「……っ」
バクバクと鳴る鼓動まで伝わってしまいそうで、恥ずかしい。
大きくてたくましい胸の中はあたたかで、とても幸せだと思った。
するとまた泣けてきて、彼のシャツを濡らしてしまった。
幸せで泣くとは思わなかった。
引っ越しと言っても、荷物なんて手で持てるくらいしかないので、特に準備なんてない。
フィルツさんが普段から使ってる革のカバンに私の荷物を詰めてくれている時、ブロスフェルトさんはもっと他になかったのかと苦笑した。
「他に、って何だ」
「彼女が身につけるものだぞ。お前がいつも粗雑に扱って古びたカバンに入れて平気なのかって事だ」
フィルツさんは反論できず、ぐっと詰まって手を止めた。
「あのっ、私は大丈夫ですから……」
そんなに気を使ってもらうような大層な人間でもないのだから。
けれどブロスフェルトさんは人差し指を振って、「デリカシーの問題だ」と言った。
それが男としての、女性に対するマナーだ、と。
フィルツさんが荷物を詰めてくれるだけで、やらせてしまってる申し訳なさと嬉しさで一杯だったから、私の方もそこまで気が回ってなかったのが恥ずかしい。
フィルツさんは荷物を持ってくれて、体を気遣ってゆっくり歩調を合わせて隣を歩いてくれた。
彼は指摘されずとも自然にやってくれていたし、逆にこれ以上何があるのかと思ってしまう。
お屋敷を出る前に、お世話になったお手伝いさん達に挨拶をする。
「本当に、お世話になりました。こうして歩けるまでになったのも、皆さんの助けがあったからです」
だから自分の足で歩いていける。
あたたかな手に支えられ、今を幸せだと思える。
思いが溢れて、言葉に詰まる。
笑顔で、元気になったのだというところを見せて行きたかったのに、また視界が熱く潤んで、情けない顔を見せてしまった。
あたたかな手が、優しく背を撫でてくれた。
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