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短篇
12
どうして今更になって自分のものだと主張できるのか疑問だ。
事件があった時に心配して駆けつけてくれたのはありがたかったと思う。
だがその後すぐにやり直さないかという話をされ、それは迷わず断ったのだ。
もう彼にはそういう想いは持てないし、そんな精神状態ではなかったから。
それから時間が経ち、徐々に傷を癒しているところにエリスが出入りしていると知って、抜け駆けして横取りされた気にでもなったというのか。

「そんな……」

彼は精神的に依存していると友人達は言った。
当時はその意味がよくわからなかったけど、ただ彼と一緒に過ごす時間が次第に苦しくなっていたから別れを決意した。
今ならその意味がなんとなくわかる。
彼は、甘えているのだ。
私にならば何をしてもいいと。
どうせ許して、見逃してくれるから、結局は離れないで居るやつだと高を括って、その気になれば私はいつでも彼のものになるはずだと侮られている。
舐められている。

「私は……」

怒りがふつふつとわき上がる。

「私はあなたの人形じゃない!バカにしないで!私だって…っ。私にだって、心があるの。いつまでもあなたの思い通りになると思わないで!帰るのはあなたの方よ!」

感情が高ぶって一気に涙が溢れる。
震える自分の呼吸がやけに大きく聞こえるのは、窓の外の影が言葉を失ったからだ。
そこから黙って影が消えた。

「みこ」

優しく呼ぶ声が、よくやったと励ます。

「もうっ……。あなたの前で、こうして怒鳴ったりしたくなかったぁ…っ」
「ふ…っ、あっははは!」
「どうして笑うのっ。マジメなことなのに……」

涙を拭いながら、いじけてうつむく。

「だって…!くくっ。すごくかわいい。僕が幻滅するとでも思ったの?君が怒鳴ったくらいで?あーかわいい!それに今のは君が自力で壁を乗り越えられた、喜ばしい出来事じゃないか。お祝いしたいくらいだ。あぁ、こうして君が成長していくのを見ていけるんだ!」

想いだけでエリスと一緒に居たいと踏み込んだけれど、実際には彼に相応しい恋人と言えるかというと決して自信を持てない。
しかし、彼は。エリスは、そんな雛の様な自分が成長していくのを楽しみにしてくれている。
それを知って、焦りや後ろめたさが少し楽になった。

「さぁ、おいで。僕のかわいい雛」

今や自ら寄り添える。
広げられた腕が、優しく包むように絡む。

「ぴよぴよって鳴いてごらん」
「やっぱりバカにしてる!」
「あはははっ。違うね。かわいがってるって言うんだよ」

そうだけど、やっぱり意地悪だ。

「私が精一杯頑張って怒鳴っても、あなたの目にはちっちゃいヒヨコがぴよぴよ鳴いてるぐらいにしか見えないんですね」
「ね?かわいい光景じゃないか」

まぁ、いいや。
意地になったって所詮、彼にすれば雛。ヒヨコレベルだ。
今はまだ、エリスと釣り合う釣り合わないなどと考えるレベルにさえない。

「でも、あなたとなら、ヒヨコレベルの努力でも焦らず楽しんでいけそうです」
「そうだね。その調子だ、ヒヨコちゃん」
「ふふっ」

また変なあだ名で呼ぶのがおかしくて、思わず笑ってしまった。
彼はそうやって、危なっかしいよちよち歩きのヒヨコを導いてくれているのかもしれない。

「私にとっては、あなたは天使です」

彼のおかげで前向きになれる。
舞い降りて救ってくれたのは奇跡だ。

「みこ」

雛でもヒヨコでもなく、名前で呼ばれるとどきりとしてしまう。
それも真剣ならばなおさらだ。
同時に頬へとするりと手が触れ、かがんだ彼の影が落ちる。
唇を食む優しいキス。
そうなると思考はもう働かなくなる。
ぎゅっと腰を引き寄せられると、自然と背が反れて、距離をとろうともがく力も入らない。

「慣れてない」

唇を放した瞬間に何を言うのかと思えば、キスが拙いという指摘。いや、感想だった。
そんなこと言われたってしかたない。どうせよちよちの雛なんだから。と、開き直って拗ねかける思考をキスが蹴散らす。
そして、再び笑みを含み囁く。

「君はキスまで臆病だ。でもそれがたまらなく愛しい」

愛してると吐息でもらして、唇を奪われる。
ヒヨコは翻弄されるしかなかった。

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あきゅろす。
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