短篇
11
胸元でカーディガンを掴んだ指先をもじもじと動かす。
「まだ出会って、二度目だし……。作品の中のあなたしか知らないし……」
「でも、僕が好きだろう?」
傲慢な聞こえ方をしないのは、すがるような、切望の色が見えているからだ。
「それに、今の私にできることはすごく少なくて」
「もちろん。僕は君に多くを求めて押しつけようと思ってない。できることから、少しずつ一緒に進んでいこう」
エリスは肩に手を乗せ、身をかがめて顔を覗きこむ。
「こんなに優しいあなたに、私は甘えることしかできないのに」
「それの何がいけないんだ。僕がみこを甘やかさなくて他に誰が居る?それは僕の役目だ。渡さないよ」
放すまいと、肩を掴む手に力がこもる。
「私なんて到底あなたにつりあわないし、相応しい相手じゃないってわかってるのに。でも、私は……あなたと居られたらとても幸せなの…っ」
微笑みがその答えを待つ。
「私も、あなたのそばに居たい」
「一生?」
頷いて、告げる。
「好き……大好きなの」
「あぁ、よかった。僕もだよ、みこ。君を愛してる。愛してるよ。あぁ、このまま君をベッドに運んでしまいたいけど、それは早急すぎるね。君をこわがらせたくない。失望されたくない。君が大切なんだ。愛してるよ」
抱き締められた後の食べられそうなキスに頭がくらくらする。
ドアに押しつけられて逃げる余地がなくなった。
こちらはキスだけで余裕などあっさり吹き飛んだのに、彼は右手だけで鍵をかけてチェーンをする意識を別に働かせる余裕がある。
「僕が、こわい?」
息を吐き、唇が触れそうな距離で突然エリスがたずねた。
乱れた呼吸をととのえながら、小さく首を振る。
「……こわくない」
本当に?と確認されて、頷く。
「平気。エリスはとっても優しいから」
包まれるぬくもりが心地いい。
「時々ちょっとイジワルだけどね」
そしてくすっと笑わされる。
幸せを味わう。刹那。
「おぅい!オレだ」
ドア越しに走る音と衝撃。
びくりと体が強張って、喉がひきつって悲鳴も出なかった。
「居るんだろ!?」
目を見開いて目の前の彼を見つめたまま、ぎゅうっと肩をすぼませ、冷たく震え出す両手の指を口元に寄せる。
頬を撫でる大きな手のあたたかさが、落ち着かせようとする優しさを伝える。
「みこォ!大丈夫か!?」
大学時代に付き合っていた彼だ。
どうして彼が?と考えるより恐怖が先立ち、じわりと涙が滲んでくる。
しっかりと腕をまわして抱き締めながら、エリスは黙ってドアから離れさせてくれた。
背中を撫でてなぐさめてくれる手が、外からの怒鳴り声でぴたりと止まった。
「オイ!出てこい!中に居るのはわかってるぞ!芸能人だからって好きにできると思うな!外人のお前なんかよりずーっとオレの方がみこを知ってんだ!」
彼がエリスの存在を知っていることにゾッとした。
ゴシップになってはいけない。
「卑怯者!恐がってる女に言い寄る腰抜けが!でしゃばって来るな、外タレ!帰れ!」
胸を押しやっても抵抗は形ばかりで、エリスも放してはくれない。
いやいやと首を振るのを、どうしたのかと視線が問いかける。
「エリス、逃げ…っ」
エリスが、まさかと目を見張る。
「逃げて……」
「何を言うんだ。こんなに震えてるのに…!君を置いて僕が逃げると思うのか。どうしてこんな時でも君は…!」
確かに恐ろしいけれど、エリスがここに居ることを見つかってはいけないという一心で。
「誰に何を知られたってかまわない。だから僕は堂々とここへ来た。一人でね。保身のために逃げ隠れするのは不誠実だ」
バンバンと窓を叩く音にびくっと肩が跳ねる。
すりガラス越しにぼんやりと張り付いた男の影が見えてなおさら恐ろしくなる。
それを見て、エリスが声を上げた。
「彼女をよく知っていると言うなら、騒ぐのをよしたらどうだ。彼女が怯えているぞ。それと僕は、彼女を生涯のパートナーにする覚悟がある」
「みこはオレのだ!お前なんかにみこのことがわかるもんか!オレのもんに手ェ出すな!」
出てこいと叫ぶ声を聞いていたくなくて、耳を塞ぎたくなる。
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