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短篇
10
極力スタント無しで演じるエリスの肉体は、見かけだけではない、より実用的な筋肉におおわれている。
スーツに包まれていると着痩せして見える上に、素顔は穏やかで口調もやわらかいから、激しいアクションをこなすハードな役柄とのギャップか大きい。
インタビューや撮影に密着した特典映像でのリラックスした雰囲気、優しい笑顔を見るとまた会いたい気持ちが高まる。
名前を呼んで、甘くとろける眼差しを向けてくれたら……なんて贅沢な妄想をする。


まどろみの中に響くノック音。
いつの間にか寝てしまったようだ。

「ひな」

心地よい眠気に再びとざされていく意識のむこうから、穏やかでやわらかな声色が届く。

「僕の雛」

彼だ。
来てくれた。

「今日は返事もしてくれないの?連絡しなかったから?ごめん。電話を恐がるかと思って。顔を見せて、みこ」

夢じゃない。
声がしてるのは、来てくれたのは現実だ。

「エリス…!?」

ガバッと飛び起きて答えると、よかったと安堵の声がした。

「ごめんなさいっ、ソファーで寝ちゃってて。今開けます」

ドアを開けることに躊躇はない。
恐怖心はちっともなかった。
そしてその顔が見られると、自然と笑みがぱっと浮かんだ。

「おはよう。かわいいカッコで寝てるんだね」

言われてハッとする。
誰とも会うことがないので、ネグリジェに一枚羽織っただけという油断しきった姿だったのを失念していた。
慌てて扉を盾に身を隠す。

「あの、中で待っててください。今、着替えてきますから」
「いいのに、そのままで」

にっこりと微笑みながら扉を押さえられ、やんわりと防御を奪われる。
天使のような顔をして意地悪を楽しんでいる。

「戸締まりはしっかりしないと、ね?」
「そうですけど……」
「ほら、カギとチェーンは?」

カーディガンの前をあわせて隠しているのを見ているのに、手を使わせようとしている。

「あの……」

笑みを浮かべたままじぃっと見つめられると身動きがとれない。

「エリス。あの、座っててください。…………せめて、あっちを向いてて……」
「かまわないで。ようやく会えた君を見るなっていうのは難しい注文だ」
「でも……だって……。エリス……」

困って助けを求めると、ふふっと楽しげに笑う。

「かわいい僕の雛。ごめんね。イジワルだった?」

ふんわりと抱き寄せられて、もう意地悪は終わりだとほっとする。

「約束通り、また会いに来たよ」

言いたいことなんて考えてなかった。
ただもう一度会いたいと、それだけしか考えてなかった。
だから、頷くことしかできない。

「怒ってる?」

返事をしないからへそを曲げたと思ったのか。
連絡しなったから。もっと早く来なかったから。
そんなものなど怒る理由にならない。

「みこ」

あごをすくわれてしまうと、堪えていた意味がない。

「信じて、待っていました」

案の定。震えて涙声になった。
すると顔が近付いて、そっと口づけられる。
軽く食むように。

「僕は約束を守る」

彼の言葉には偽りがない。
キスだって、宣言通り。

「出会ってからこれで二度目なのにって不安になるだろうけど、でも、僕は本気だ。これから君以上の人に出会えると思えない。それぐらい君を深く、深く愛している。だからこれは僕にとって自然なことだ。みこ、一生ずっと僕のそばにいてくれる?」

まるで、じゃない。
まさしく。
これはプロポーズでは?
でもまさか、そんな。
ありえないことを一度信じたけど。
一方的に俳優の姿を見て好きになっただけで、彼自身のことをきっとまだよく知らないのに。

「みこ、恐れないでほしい。僕を信じて」

じっと見つめる目が、答えを期待している。

「わたし……」

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あきゅろす。
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