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短篇

エリスがドアノブに手をかけたら、やっぱり我慢できなくて声をあげた。

「あ、の…!」
「ん?」

とろけるような甘い微笑みが向けられると、せっかくの言葉が吹き飛んでしまいそうになる。

「あの……あのぅ……」
「ふふっ。なぁに?もじもじして。キスが我慢できなくなった?」

そんなことは違うともそうだとも言えない。
困るのを見て、エリスは嬉しそうだ。

「……やっぱり雛だって、笑うかもしれないけど。でも、ちゃんと、聞きたくて。その……エリスは、どうして私を……その……」
「僕が何故君と付き合いたいと思ったか?」

好きになってくれた理由、きっかけとはずれているけれど、違ってはないので訂正せず黙っておく。
だが新たに、自分達は今付き合ってるのか?と確認したいことが生まれる。

「そうだなぁ。わからない、って言ったらガッカリする?でも、嘘はつけないからね。正直に言うよ。お母さまからの手紙を読んだ時、気になったんだ。いつまでも心に残って、気づけばそのことばかり考えてた」

何故だろうね。と、エリス本人も訳がわかってないようだ。

「本当に、天使が教えてくれたとしか思えないよね。他にもファンレターは読むけど、それだけが引っ掛かってたんだ。そこで僕は、会うべきだという気になった。その傷付いた女の子が、少しでも元気になってくれたらって思ってね」

それで母に連絡をとった。
それだけで構わなかったはずなのに、事務所にまで行って資料を調べはじめたのが不思議なところだ。
けれどやはり、みこを理解して癒してあげるにはそうするべきだという気になっただけで、特別な意識は持っていなかったという。

「ここへ来てみこの目を見た瞬間、胸に愛しい想いが湧いた。いつの間にか君に恋していたと自覚したんだ」
「不思議……」
「そうだね。本当に、僕達は天使に導かれて出会ったんだ」

神に祝福されたような素晴らしいエリスなら、そんなこともあるかもしれないと思える。

「また来るよ。キスの約束もあるからね」

離れてても一緒だと言ってハグをして、彼は帰ってしまった。
さみしいけれど、それが心強く、勇気づけられた。


帰宅した母はにこにこしながら、どうだった?とサプライズの様子を探る。

「どうって……びっくりしたよ、もう。だって、まさかエリス・エンジェルが家の前に立ってると思わないから」
「お母さんもびっくりしたー。返事がもらえたらみこが元気になるんじゃないかって思ったんだけど、会いに来てくれるなんてねぇ。いい人ねぇ」

また来てくれるという約束を信じていないようだが、母はそれを彼の優しさだと受け止め、光栄だと喜んだ。
頭からそんなこと起こるわけがないと思っているのだ。
彼の再訪を信じて待ち続けるのが愚行だろうが、訳もなく信じている。
自惚れてはいない。
そこまでの魅力が自分にあると思っていないし、女優だったことも彼に好きになってもらえる理由にならないとわかっている。
調べて過去を知った上で、私まで妄想にとらわれた厄介なファンへと突き落とすような残酷なことをするはずがない。
わざわざそんなことをしても彼にメリットなどないのだから。
残酷な優しさで希望の無い夢に陥れたに決まってると自己保身に走るのが現実的なら、確証もないのにそんなありえない夢みたいなことを信じるのはいっそ逃避だ。
後ろめたい自覚があるからこそ、母にはすべてを打ち明けられなかった。

もし次もまた来てくれたら、彼の気持ちや二人の関係にも実感を持てる。
彼の言葉を信じるなら、私達は付き合ってることになってるようだ。
そうなると、恋人がこんな人間でいいわけがない。
せめてもう少しまともに生活ができるようにならなければ。
そこで、挑戦を思い付いた。

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あきゅろす。
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