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短篇

失敗したら情けないから、母には黙って決行することにした。
時間は午後。
メイクまでするとプレッシャーになってしまうので、マスクでごまかす。
近所のコンビニに行くだけだ。
簡単なハードルが、高い。

周囲を気にしてしまうのは、人目を恐れてのことではない。
ただ一人、あのストーカーの影におびえている。

仕事を始めた当初のファンは、雑誌の購買層である小学生、中学生の女の子達ばかりだった。
雑誌のモデル卒業後に写真集を出したけれど水着のショットは一切なく、セクシーさを狙った演出のものもなかった。
アダルトなセクシーさは持っていないし、元気なキャラでもないから健康的なイメージでも露出は求められなかった。
清純、品、お嬢様。
そんなテーマの本になった。
事務所もグラビアではなくあくまで女優として育てたいという方針があったようで、お芝居の仕事の方が多くなっていった。
しかしファン層はすぐに変わらない。
だから三十代の男性の姿は目立った。
イベントや舞台にはいつも来てくれていて、顔をすぐに覚えたし、自己申告のあだ名でも呼ぶようになった。
貴重な男性ファンの存在はありがたく、嬉しかったのに、それが変わりだしたのはいつからだったのか。
経済的に負担をかけたくなくて大学へは行かず、本格的に女優の道で生きていこうと決めた。
その頃から男性ファンが増えた。
そのことでファン同士での競争心が芽生え、独占欲が煽られたのかもしれない。
熱心に応援していたのに、キスシーンのあるラブストーリーを演じたことが怒りを買ったのだと、彼が逮捕された後の供述で知った。
彼は自分がどんな男よりも一番だと、つまり、それは恋人に位置すると勝手な解釈をして思い込んでいた。
仕事とはいえ他の男とキスするなんて。と、怒りの手紙が何度も送られてきた。
その後は反省したなら許してやると仲直りしたことになり、また通い詰めるようになった。
自己主張が徐々にエスカレートしていくことに戸惑い、相手を拒絶し責めることよりも自分が一体彼に何をしてしまったのかと狼狽えるしかなかった。
言動が過激になっていくと恐怖心が芽生え、逃げると更に怒りを煽った。
熱心なファンが厄介なファンになり、こじれて悪質なアンチファンに。
事務所が犯罪者(ストーカー)だと判断した頃には精神的に追い詰められてきていた。
そして公の場に出る時に体調が悪くなるようになり、仕事がこわく感じるようになっていた。
決定打は間違いなく、彼が自宅へ押し掛けた事件だろう。
宅配便を装って来た男に強引に部屋へ侵入され、襲われたのだ。
事前に購入したナイフを持参し、宅配便を装うための用意などから計画性が認められ、完全に自分のものにするために殺して性的暴行を加えるつもりだったという自供から殺意も認定された。

塀の外には出てきてないと知っていても、また何処かに隠れているんじゃないかと、どうしても恐怖にかられてしまう。
びくびくとおびえながら周囲に目を走らせる様は挙動不審で怪しいだろうが、それどころではない。
終始緊張していたので、コンビニに行って帰ってくるだけでどっと疲れて、ぐったりとソファーに倒れこんだ。
挑戦が成功したので母に報告すると、エリス効果ねと喜んでいた。
この調子でできることを少しずつ増やしていけたらいい。
だが、前向きな気持ちで居られたのは数日だった。

大学時代付き合っていた彼から連絡があったのがきっかけだった。
たった一度。それもほんの何十分か。
近所に少しだけ出てみただけなのに、どこから情報を得たのか聞きつけてメールをしてきた。
誰がどこで見てるかわからない。
それを思い出させられてこわくなった。
心が陰ると、体調に影響が出る。
なかなか眠りに入れず、やっと寝られても眠りが浅く何度も起きてしまう。
食欲が落ちて、昼間もぐったりと横になることが増えた。
そんな様子を見かねた母の提案で、エリスの映画を観ることにした。

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あきゅろす。
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