[携帯モード] [URL送信]

短篇

ぬるくなったミルクティーを飲む。
戸惑いをごまかすためだと、彼は見抜いているかもしれない。
だって。

「卵がまだ孵化しないのは、僕が雛の信頼を得ていないからかもしれない。ねぇ、みこ。どうすればいいと思う?」

ほら。
彼は正しく人を見ている。

答えられないでいると、エリスはふっと力を抜いた。
攻勢をゆるめられ、安心と落胆が滲む。

「ひとまず今日は手を引こう。あまり構いすぎても疲れさせてしまうしね。生まれたくないって泣かれるのはつらい」

ひとまずということは、またここに会いに来てくれるのだろうか。
楽しみだし、嬉しいけれど、信じたくない。
もしも現れなかったらどうするの。
ほら、やっぱり。と心を落ち着かせながら、また酷く傷付いてしまう。

席を立つエリスを追って、のろのろと腰をあげる。
まだ帰ってほしくない。
殻を割る勇気も無いくせに、夢にだけ浸っていたいと我儘を言う。
それでもしかたない。
ただでさえ降って湧いた様な信じがたい幸運に戸惑ってるのに。
その上まさか、こんな展開が訪れるとは思わない。
でも。だけど。
納得させてくれる理由があれば。

「あぁ……みこ……」

振り返り、足を止めたエリスは、困ったように眉を寄せた。
両手を広げ首を振る仕草は手に負えないと言っているようで、何か失態があったかと瞠目する。

「そんな顔しないで」

失態を悟る。
まだ一緒に居たい気持ちが顔に出ていたようだ。
彼が歩み寄って間近に立っても、怯えて後退ることはなかった。

「僕はみこを傷付けない」

彼はそんなことしない。
だからきっと、また絶対来てくれる。

「信じてます」

待っているという意思表示は意図的ではなかったけれど、本心から出た言葉だ。
両手がのびても、咄嗟に体が逃げない。
そっと。長い腕がふんわり包む。

「帰りたくなくなった」

エリスの体から癒し効果のある何かが発せられているんじゃないかと思うほど。
それこそ卵を包むような優しさが、安心感をもたらしてくれる。
エリスは本当に救いの天使だ。
その心地いい誘惑に心奪われ、遂に自らも手をのばしてしまう。
触れると、仕事のために鍛え上げられた、引き締まった肉体だというのがよくわかる。
するりと背に腕がまわり、抱き締められたら、くらくらするほどの幸福感にみまわれた。

「ここに居る。僕はいつも、みこと一緒に居るからね。かわいい、僕だけの雛。あぁ、なんて愛しいんだろう。こんなに細くて、ちっちゃくて、恐がりなのに。君はがんばって戦ってたんだ。だいじょうぶ。もう僕が居るから。僕が守ってあげるんだ。泣かなくていいよ?」

説明はもう必要ない。
エリスの想いが、こんなにも大きいと伝わるから。
その事実だけで。理由やきっかけなど、かまわない。

「みこ」

繰り返し名前を呼んで、かわいい、愛しいと続ける声にとかされ、答えなんて見つからず、雛らしくしがみついているしかなかった。

「君は今、卵の殻をくっつけたかわいい雛だからね。先を急いで、あまりおどかしてもいけない」

信じると言ったことで、彼の中で卵から雛が孵化したと判断されたらしい。
よくわからないけれど、彼が思うならそうなのだろう。

「でも、次はキスする。いいね?」

答えを待つ空気に急かされ口を開くが、言葉が見つからずに断念した。
かわりに、自分も背中まで腕をまわしてくっついた。
エリスはくすっと笑って、またかわいいかわいいと繰り返す。

[*前へ][次へ#]

7/25ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!